2018年11月26日月曜日

【学問のミカタ】ギリシャ・ローマ古典文学における戦争と平和

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の藤原 修からお届けします。


1 ホメロス『イリアス』と『オデュッセイア』
 古代ギリシャ文学を代表するホメロスの二大叙事詩『イリアス』と『オデュッセイア』は、おおよそ紀元前800750年頃に成立したと推定されており、まとまった文学作品としては世界最古のものである。そして、例えば20世紀文学最大の傑作とも評されるジェームズ・ジョイスの『ユリシーズ』(この題名は「オデュッセウス」のラテン語形に由来する)が、『オデュッセイア』を下敷きにして書かれたものであるのをはじめ、ホメロスのこの叙事詩は、時代を超えて広く読み継がれているだけでなく、小説、映画など多様な文芸作品の中で利用され、近代文芸世界において他に類を見ないほどの影響を及ぼしてきた。
 まさに、はじまりにして最高の地位を占めてきた古典中の古典であるこの二つの叙事詩は、古典的な叙事詩の多くがそうであるように、戦争を舞台とする英雄譚(えいゆうたん)を中心にして展開する。『イリアス』は「トロイの木馬」で知られるトロイア戦争を扱い、『オデュッセイア』は、その続編にあたり、トロイア戦争で勝者の側に立つギリシャ側の知将オデュッセウスが、戦いの後、長きにわたる苦心惨憺の末、自分の故郷である島に、元の城の主(あるじ)として帰還する一種の冒険物語である。
 紀元前1200年頃に、アカイア人(ギリシャ人)が、現在のトルコ、小アジア北西部にあった城塞都市のトロイア(別名イリオン)を侵略し、これを滅ぼしたのがトロイア戦争である。当時のギリシャ世界における大事件であったこの戦争を語り伝える中で生まれたのが、これらの叙事詩である。

2 英雄戦士アキレウス
『イリアス』は、10年続いたトロイア戦争の最後の約50日間を扱い、ギリシャ軍側の最大の英雄戦士アキレウス(あの「アキレス腱」のアキレス)が主人公である。アキレウスは、ギリシャ軍の総帥(そうすい)アガメムノンと対立し、戦列から外れる。トロイア軍に苦戦するギリシャ側のパトロクロスは、親友であり戦列から離れていたアキレウスから鎧兜を貸してもらい、これを身にまとってトロイア軍と戦う。パトロクロスはアキレウスの鎧兜を身に着けていたことから、あたかも強敵アキレウスが戦列に復帰したかのような恐怖をトロイア側に与えたが、パトロクロスはトロイア軍を深追いし、敵将ヘクトルの手にかかって戦死する。畏友パトロクロスの死に怒ったアキレウスは戦列に復帰し、ヘクトルを倒し、それでも足りずその屍をさんざんに蹂躙する。ここで終わるとアキレウスは単なる非情な蛮勇の戦士ということになるが、ここにオリュンポスの神々が介入して、友を失ったアキレウスの悲憤を収め、アキレウスは敵将ヘクトルの亡骸(なきがら)を、その父であるトロイアの老王に返還する。こうしてアキレウスは、粗野な英雄から洗練された人格の英雄に変じて物語は終わる。なお、ギリシャ・ローマの古典文学では、人間界の営みに頻繁に神々が介入する形で物語が進行する。ただし、神々はあくまで脇役であり、本筋は人間の物語である。(高橋―後掲の<参考文献>の著者・編者名を指す。以下同様―、424952頁、2122頁)

3 平和に向かう物語としての『オデュッセイア』
 『オデュッセイア』では、トロイア戦後、ギリシャ軍側のオデュッセウスが、10年をかけて海を漂流し故郷に帰還する。『イリアス』が多くの戦闘場面を含み、勇気と武力を重んじる世界を描くのに対して、『オデュッセイア』は、秩序と平和の回復に向かう物語であり、両者は物語としては連続しているが、内容的に対照的な性格を持っている。歴史的には両者のうち『イリアス』の方が広く読まれていたが、戦争の悲惨さが世界的に認識されるようになった20世紀に入ってからは、『オデュッセイア』の方がより注目されるようになった。(西村、123125頁)
 そもそも、オデュッセウスが帰郷に10年もの年月をかけることになったのは、神々の怒りを買ったことによるが、それは、富み栄えているというだけの理由でトロイアに戦争を仕掛け陥落させた罰である。ギリシャ軍の総帥アガメムノンは、帰国後自らの王妃に殺され、オデュッセウスは10年漂流し、部下をすべて失う。ここには、不当な戦争を仕掛けた者には、たとえ勝者となったとしても、結局は、相応の贖罪が求められるという倫理観が背景にある。すなわち、単なる「力=正義」ではない。実際、オデュッセウスは漂流の間、様々な危険に遭遇し、また、トロイア陥落をうたう歌を耳にした時には涙を流す。こうして漂流は、贖罪の旅の様相を帯びる。(高橋、5961頁)

4 冥界のアキレウスと生を志向するオデュッセウス
 オデュッセウスは、漂流の途次、様々な島をめぐることになるが、その中で「冥界訪問」、すなわち、死者の世界への訪問を行う。この訪問で、かつてともに戦ったアガメムノン、アキレウス、パトロクロスらの霊魂と出会う。この時、オデュッセウスは、アキレウスに、「あなたほど幸福な者はいない。みな、君が生きているうちから君を神々にも比すほどに尊敬していたし、死してからは死者の間でもたいした権威をふるっている。だから、死んだとて、嘆きなさるな」と呼びかける。これに対してアキレウスは、意外な言葉を返す。「そのようなことは言ってほしくない。むしろ私は、他人に小作として仕え、畑の畔で働こうとも、まだ生きている方がましだと思っているのだ。生活もあまり豊かと言えない、農地も持たない男のもとに仕えるのであっても、死者たちに長として君臨するよりもまだましだ。」そしてアキレウスは、自分の息子や父の消息をたずねる。(高橋、6668頁)
 ここには、死をもいとわず蛮勇をふるい、敵味方を恐れさせた英雄戦士アキレウスの姿はない。英雄として死ぬよりも、小作として生きながらえる方を選ぶというのである。その方が、死者たちの君主であるよりもましだという。このアキレウスの告白は、この叙事詩の主人公であるオデュッセウスその人と重なる。すなわち、オデュッセウスは武勇の士ではなく、知謀の人であり、名誉のために死ぬよりも現実のために生き残ることを選ぶ人である。そもそもオデュッセウスが自分の元の城へと急ぐのは、自分の家の存続を気にかけるからであり、父から受け継いだ家を息子へと手渡すためである。アキレウスが自分の父と息子を気にかけるのは、オデュッセウスの関心と同じである。(高橋、6869頁)さらに、この冥界訪問は、単に「生きる」ことの価値を肯定するだけでなく、オデュッセウスが、かつてなかなか帰還できない絶望の漂流の中で自死すら考えたのに対し、あえて苦難に耐えて帰郷しようとする不退転の決意を固め、故国の再建という積極的な目標実現に立ち向かう原動力ともなっている。(西村、176177頁)つまり、戦場において死をもいとわない勇気と力よりも、生ながらえるために必要な勇気と力の方が、より積極的で価値があることを示している。

5 日露戦争、日本海海戦後の秋山真之
 近現代日本のこれにやや類した事例として挙げられるのは、日露戦争の日本海海戦で勝利した連合艦隊の参謀として活躍した秋山真之(さねゆき)である。秋山は、海戦で勝利を挙げた直後の妻宛の書簡で、「父母妻子ある数多の人間を殺したれば今後は発心入道して俗界を離れ百姓するの準備に取掛る積りなり」と書き送っている。真之は、その後、実際には軍に対して閑職を願い出、海軍大学校教官やいくつかの艦艇の艦長、海軍の要職を歴任し(坂の上の雲ミュージアム、3545頁)、第一次世界大戦のさなかに欧州に視察に赴く。その中で、戦争が総力戦として巨大化し、軍人だけの手には負えなくなっている有様を見る。そして、今次の大戦につき「物的方面にのみ向上して、心的の発達がこれに伴はないのが其一大素因」であると考え、近代文明の欠陥こそが大戦の根本原因であるとして、その解決策を軍事以外の世界に求めていく。(田中、256259頁)

6 オデュッセウス―戦争を後にした英雄
 故国に帰還後、オデュッセウスは、自分の地位を狙って妻に求婚していた男たちを武力で制圧する。これは、『イリアス』並みに血なまぐさい場面であるが、同時にオデュッセウスは、武力戦を回避しようと言葉による説得をも試みる。また、これは、求婚者らの非道で無法なたくらみが破滅を招くという倫理の実現ともみなしうる。オデュッセウスは、さらに求婚者の遺族たちとも戦うが、物語の最後には、女神アテナによる強い停戦宣言が発せられる。オデュッセウスはこれに従い、真に「戦争を後にした英雄」となる。(西村、221222頁)
 トロイア戦争では、実際には、侵略、男たちの皆殺しや女性たちの奴隷化など、後の倫理観からすれば容易には正当化しえないような戦いが行われていたが、トロイア戦争から『イリアス』成立までの三百数十年の間にギリシャ世界では、原始的な略奪経済から交易経済に移行し、その中でこれらの叙事詩に見られるような、戦争を忌避し平和を志向する態度や普遍的な正義・倫理の観念が形作られていったものと考えられる。(高橋、2425頁)

7 ラテン文学―ウェルギリウス『アエネーイス』
 紀元前45世紀の古典期のギリシャ文学から、紀元前3世紀のアレキサンドリアを中心とするヘレニズム文化の時代を経て、それらの先行文化の影響を受けつつ、ローマを中心にラテン文学が開花する。その代表的叙事詩が、ウェルギリウスの『アエネーイス』である。ウェルギリウスの生きた紀元前70年から同19年までは、ローマが共和制から20年に及ぶ内戦を経て帝政に移行する時代にあたる。この長く続いた内戦を経験したことが、彼の作品に大きく影響している。
 『アエネーイス』は『イリアス』と『オッデュセイア』をふまえたローマ建国の物語である。主人公のアエネーアースはトロイア人であり、『イリアス』が扱っているトロイア戦争でトロイアがギリシャ人によって陥落させられた後、かろうじて脱出し、幾多の苦難を経てイタリアにたどり着き、そこに自分たちの新しい国であるローマを築く。ただし、ローマの建国そのものはアエネーアースの子孫とされるロームルスによるもので、アエネーアースはローマの前身を築いたということになる。そして、新しい国をつくる際に、アエネーアースらトロイア人は、ローマに先住していたイタリア人と激しい戦争を経験しており、新国家はトロイア人とイタリア人との和解・融合によって成り立つことになる。したがって、『イリアス』同様、『アエネーイス』もまた、戦争が物語の中心部分を占める。

8 メランコリーな戦争叙事詩『アエネーイス』
 『アエネーイス』の戦争叙事詩としての重要な特徴は、一つには、『イリアス』同様、戦争を「敵=悪」、「味方=善」のような二分法で描いていないことである。『イリアス』は、ギリシャの側から見たトロイア戦争を描いているが、ギリシャ軍の英雄アキレウスの残虐性を子細に物語り、他方、敵将ヘクトルの高潔な人となりを示す場面を印象深く記している。同様に、『アエネーイス』でも敵味方の人物の人間性に差異を付けない。むしろ、いずれの側にあっても、特に若者たちが犠牲となることへの哀惜の念が表出されている。特に、『アエネーイス』の戦争の場合、相戦うトロイア人、イタリア人ともに将来のローマ建国を担うことになるゆえに、「内戦」としての性格を帯びていることが、一層、双方が血を流しあうことの理不尽さを強めることになる。したがって、『アエネーイス』はローマ建国の英雄物語を本筋とするが、単なる勇ましさだけでなく、むしろ憂愁(メランコリー)に満ちた雰囲気が充満している。(逸見、8990頁、5054頁)

9 戦争・暴力に対する冷徹な認識
 しかし、第二に、『アエネーイス』は、単なる厭戦・反戦にとどまらず、戦争の狂気をなくすことはできず、これを鎖で封じ込めておくことができるのみであり、そのためにも、むしろ暴力が必要であるという冷徹な現実認識を伴っている。「冷厳な指導者を嫌うだけでは、共同体は存亡の危機に立つ。暴力なくして平和は保ちえない。」(逸見、4748頁、5152頁)それだけでなく、『アエネーイス』での戦争は、いったん祖国を徹底的に破壊されたトロイア人が建国のために起こす戦いであり、彼らにとってこの戦いは、国のため、父のため、子孫のための義務として位置づけられ、さらには、そのような義務を進んで愛しさえするような美徳をウェルギリウスは称揚している。(逸見、5253頁、9091頁)したがって、逆に、『アエネーイス』では、美徳としての義務にかられた者同士が戦い、血を流すという点で、『イリアス』には見られないほどの無惨さを示すことになる。そのような若者の壮絶な死を描く二つの場面を見てみよう。

10 若者たちの死―ニーススとエウリュアルス、ラウスス
トロイア側のニーススとエウリュアルスという二人の愛し合う勇敢な若者たちが、自分たちの発案で、単独で敵に夜襲をかける。夜襲の提案を行ったのは、年上のニーススであり、年下のエウリュアルスは愛する者に従っただけだった。二人は敵に発見され追いつめられ、年下のエウリュアルスは敵につかまる。ニーススは身を隠した場所から槍を投げ敵を二人倒す。ニーススを見つけられない敵将は怒って、捕まえたエウリュアルスを殺そうとする。これを見たニーススは我を忘れて、「俺だ俺だ、ここにいる俺がやった」と姿を現し、「エウリュアルスは何もしていない、ただ彼は友をあまりに激しく愛しすぎただけなのだ」と叫ぶ。その言葉を言い終わる前に、エウリュアルスは胸を刺され、血を流して崩れ落ちる。ニーススは敵将めがけて襲い掛かり命を奪う。同時にニースス自身も敵に囲まれ、体一面を突き刺され、友の上に倒れる。「そこでついに憩いを、穏やかな死の中に見いだす」。ここで、叙事詩では異例なことだが、作者のウェルギリウスが詩中に割って入り、言う。「お前たち幸福なふたりよ。もしも私の歌にいくばくかの力があるならば、いかなる日もお前たちを、ふりゆく記憶から消し去りはしないだろう」。(逸見、53頁、8286頁)
他方、トロイア人と戦うイタリア人の側にも健気な若者がいる。イタリア軍側のラウススは父親思いの息子であり、傷ついた父親を防御しようとして、アエネーアースによって殺される。ラウススを前にしてアエネーアースは、「死すべき者よ、なぜお前はかかってくる…お前の親孝行が不注意なお前を騙(だま)している。」それでもラウススは、「正気なくして」とびかかり殺される。アエネーアースの剣はラウススの盾を貫き、ラウススの母が柔らかな金で織った肌着にまで達し、これを血に染めた。(逸見、9093頁)
 こうして、『アエネーイス』では、「秩序とは暴力を内包するものであるとする冷徹な視線と、情熱によって滅びゆく人間への同情とが、どちらが優位に立つのでもなく拮抗している。」(逸見、52頁)

11 平家物語「敦盛」
 ウェルギリウスのこの戦場での若者の美しくも無惨な死の描写は、平家物語の名場面の一つである平敦盛と源氏方の武将、熊谷直実(なおざね)の対決を想起させる。平氏側が一の谷の戦いで源義経の奇襲を受けて逃れる際、敦盛は熊谷に討たれ死ぬ。敦盛は笛の上手な美少年と言われ、親子ほども年の違う熊谷は、敦盛の首をとろうとしてその兜を押し上げたとき、少年顔の美しさに一瞬ひるむが、自らを奮い立たせて打ち落とす。熊谷は、まだ10代半ばの少年をも手にかける武士の罪深さを思い、平家滅亡後、出家して敦盛の霊を弔う。


鹿児島県鹿屋市串良町にある平和公園内の戦没者慰霊塔およびこの公園の説明板。かつてこの地には、旧海軍の航空基地があり、戦争末期、多くの特攻隊員らが飛び立ち戦死した。

(2018年11月2日、藤原撮影)










12 地中海世界の覇者ローマの詩人
 ただし、『アエネーイス』は、ローマ共和制末期の内戦を経て、世界最強の国家=帝国として発展しつつあるローマの歴史的地位を反映しており、ギリシャ世界における都市国家の興亡とそれに伴って生み出される普遍的な政治的正義の観念を反映しているホメロスの叙事詩とは、かなり違った政治状況を背景としている。アエネーアースの父親は、死後、冥界から次のようにアエネーアースに語りかける。「ローマ人の優れた点は青銅や大理石の彫刻ではない。学問でもない(それらはギリシャ人のほうがすぐれている。)ローマ人の技芸・技術は統治なのである。服従するものは赦せ。思い上がるものはたたきつぶせ。」(逸見、51頁)実際、古代ローマの最も優れた文化的遺産はローマ法であろう。またローマは土木建築技術に優れていたが、それもまた、統治者による今風に言えば社会インフラ整備(道路、水道、橋などの実用的建造物)において卓越していたということで、統治技術の一種に含められよう。このように、ローマは芸術や学問にたいしたものはないが、世界支配の能力において勝っていると、古代ローマを代表する詩人がうたうのである。(逸見、154頁)

13 戦争責任意識の形成
 最後に、先に触れた人間の営みへの神々の介入の問題を見ておこう。ギリシャ・ローマの古典文学においては、神話から人間の物語への移行が見られ、主役は人間になっている。しかしそこに神々がしばしば介入し、物語を動かしていく。ただしそれは、絶対的な力を持つ神が否応なく人間を一定の方向に動かすのではなく、複数の神々の間に複雑な利害の対立や意見の相違があり、どの方向に人間界が導かれるかは、はなはだ不確定である。すなわち、神自体が極めて人間的な存在である。多神教の世界では、超自然的な力を持った人間的存在が神であるともいえよう。(逸見、125126頁)
このことは、人間の営みにおける「責任」という問題とかかわる。人間の特定の行為の結果に、神々の意思や力が作用しているのであれば、そこで人間の責任を問うことは意味がない。それは「運命」として片づけられる。また、神々の及ぼす力は、人間の知見では説明のつかない偶然や奇跡を説明可能にする。『アエネーイス』ではこうした「責任」をめぐる説明が、『イリアス』や『オデュッセイア』以上に問題となる。後者はトロイア戦争の勝者の側の物語であるのに対して、『アエネーイス』はトロイア戦争の敗者のその後の物語であり、「トロイの木馬」の計略に引っかかって、国を失ったトロイア人としては、なぜそのような失敗を犯したのか、真摯に考えざるを得ないからである。アエネーアースの総括は、自分たちの愚かさに対する後悔と同時に、自分たちが愚かであるべく神々よって定められていたというものであった。(逸見、132134頁)
戦争のような大規模な、人知と力を尽くした犠牲の大きい政治的な営みにおいては、その結果について、指導者やこれに付き従った者たちの責任は厳しく問われなければならない。しかし同時に、正に戦争のような大規模で、19世紀プロイセンの軍事理論家クラウゼヴィッツの言うように「摩擦(不可測性)」がつきものの集団的営みにおいては、人知を超えた力の作用をも見なければならないであろう。その意味で、これまで見てきたような、戦争が本来持っている根本的な矛盾や悲しみの描出とともに、戦争責任の問題にまで説き及ぶこれらの叙事詩は、はじまりにして最高の名にふさわしい、戦争認識のリアリズムを湛えている。

むすび―古典的叙事詩の現代的意味
 さて、このようなギリシャ・ローマの古典的叙事詩を読むことは、今、特に日本の若者たちにとって、どのような意味があるか。
昨今、憲法9条改正を支持する若者が多いようである。9条については、あれこれの複雑な解釈論争があるが、なによりも、これは戦争放棄条項である。したがって9条改正の核心は、これまでも今も、戦争放棄の放棄にある。すなわち、日本が再び戦争ができるようにすることである。9条の制定とこれを戦後日本国民の大多数が支持し大切にしてきたのには、かつての戦争の反省があった。戦争の持つ悲惨と倫理的な問題性は、古代ギリシャ・ローマの時代から今日まで、いささかも変わらない。ホメロスやウェルギリウスの叙事詩が古典中の古典として称えられてきたのは、人間社会の最も崇高であると同時に最も問題をはらんだ営みである戦争の現実を、徹底してリアルにとらえている点にある。9条改正を支持する若者たちは(若者に限らないが)、その戦争を再び戦うことの覚悟はできているのであろうか。その意味をリアルに認識できているであろうか。ホメロスやウェルギリウスの叙事詩は、反戦や平和主義の文学ではない。しかし、戦争の何であるかを正確にわれわれに教えてくれる。戦争を是とする者は、自らも血を流し、手足を吹き飛ばされ、多くの罪なき老若男女を巻き添えにする、その覚悟はできているのかと。

<参考文献>(本文での引用順)
高橋睦郎『詩人が読む古典ギリシャ―和訓欧心』みすず書房、2017年。
西村賀子『ホメロス『オデュッセイア』―<戦争>を後にした英雄の歌』岩波書店、2012年。
坂の上の雲ミュージアム編集・発行、図録『明治青年 秋山真之』、2018年。
田中宏巳『人物叢書 秋山真之』吉川弘文館、2004年。
逸見喜一郎『ラテン文学を読む―ウェルギリウスとホラーティウス』岩波書店、2011年。

2018年9月18日火曜日

【学問のミカタ】「なので」のなやみ

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の田邉 真敏からお届けします。



「物理学や経済学が数式やグラフで相手を納得させる学問であるのに対し、法律学では文章を用いてそれを行います。したがってみなさんは正しい日本語、論理的な文章の使い手にならなければなりません。」

 現代法学部1年生1学期の「大学入門」授業で学生たちに伝えているメッセージです。まずは正しい漢字を書くこと。ところがマークシートとスマホに慣れ親しみ、自分の手で字を書く機会が減っている今の生徒・学生にとっては、これが結構なハードルになっているようです。小手試しに、このブログを読んでいただいているみなさんは次のQ1Q2のカタカナの箇所を漢字で書き分けられますか。選択肢は、法律学を学ぶ過程で実際に出てくるような用例としました(答えはこのブログの最後)。


 Q1
  ①責任をツイキュウする
  ②利潤をツイキュウする
  ③学問をツイキュウする
  ④賃金の不足分をツイキュウする

 Q2
  ①実刑をカする
  ②重税をカする
  ③責任をカする
  ④廃墟とカする


 ここまではイントロで、論理的な文章を書くための重要なポイントはその先にあります。ここでは紙幅(パソコンなので「画幅」と言うべき?)の制約があり、そのすべてを説明することができませんので、1つだけ「接続詞を的確に使う」という点をあげておきましょう。野矢茂樹著『新版 論理トレーニング』(産業図書・2006)に次のような記述があります。

「論理とは言葉と言葉の関係をとらえる力である。だとすれば、そうした関係を示す言葉、主張と主張をつなぐ言葉を見直すことからはじめるべきだろう。つまり、接続詞、あるいはよりひろく接続助詞や副詞なども含んだ接続表現一般を見直し、その力をきちんと見積もるところからトレーニングを開始すべきである。」(13頁)

というわけで、私が担当している「大学入門」授業のクラスでは、「論理的な日本語の使い手になろう」を目標に接続詞の使い方から確認してゆきます。


 接続表現は、①付加、②理由、③例示、④転換、⑤解説、⑥帰結、⑦補足の7種類に分類することができます。このうち答案やレポートの結論部分で登場するのは、⑥帰結の接続表現です。結論を示す段落の冒頭で、「したがって」「要するに」「ゆえに」といった表現で読み手に「いよいよ結論を言いますよ」と合図を出す役割を担うのが帰結の接続詞です。このように接続詞は論理の動きを読者に示す「ベクトル」の役割を果たします。論理性を重んじる法律学の文章では、この「ベクトル」を適切に用いることが求められるわけです。法律学の論述試験答案を採点するときは、一言一句読む前に各段落の冒頭を目で追って接続表現をチェックすれば、その答案の出来具合はだいたい判定できてしまいます。接続詞の役割はそれだけ大きいということです。


 さて、帰結の接続詞に関してここ何年か採点者を悩ませる状況が発生しています。それは「なので」という言葉です。学生の答案やレポートを採点していると、しばしば次のような表現に出会います。

「・・・車の運転中に脇見をして注意を怠っていたAには過失がある。なのでAは本件交通事故の被害者Bに対して損害賠償責任を負う。」


 このような文頭に来ている「なので」について、これまで学生には次のように説明してきました。

「『なので』は接続詞ではありませんから、文の頭に置くことはできません。『今日は雨降りなので一日中家にいよう』といったように、文の途中でその前後をつなぐのが役目です。自分で辞書を引いて確認してみましょう。」

例えば、『大辞泉 第2版』(小学館・2012)では「なので」を次のように説明しています。

「〔連語〕《断定の助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形活用語尾+接続助詞「ので」》・・・だから。・・・であるから。『かぜ——学校を休んだ』『故障の原因が明らか——すぐに直せます』」

『広辞苑 第6版』(岩波書店・2008)ではそもそも見出し語にあげられていません。独立した語釈を示すには及ばない(つまり接続詞でない)ということなのでしょう。


 しかし、文の頭に来る「なので」は答案・レポート中で年々増殖する傾向にあるばかりか、最近ではNHKのアナウンサーが番組の中で使うのを耳にするようになり、そこでNHK放送文化研究所のホームページを調べてみました。すると次のような解説が目にとまりました。

「『なので』には2種類あり、『退屈ナノデ出かけてきます』のように1つの文の中で使われるもの(『文中ナノデ』)と、『退屈です。ナノデ出かけてきます』のように前の文を受けて次の文の頭で使われるもの(『文頭ナノデ』)とがあります。このうち『文頭ナノデ』は、使われ始めてからの歴史が浅く、違和感を覚える人もいます。」(中略)
「『文頭ナノデ』がどのように受け止められているのかをめぐって、NHK放送文化研究所ではウェブ上でアンケートをおこないました(1,339人回答)。『その日は仕事が休みでした。なので、いつもよりゆっくりと寝ていました。』の『なので』について意見を尋ねてみたところ、若い年代になるほど『自分で言うことがある』という人が多くなっている一方で、中高年層では『この言い方には問題がある』と考える人も多いという傾向が見られました。なので、使い方にはくれぐれも注意してください。」(NHK放送文化研究所ホームページ「最近気になる放送用語」より引用)


 この解説の最後の文からすると、どうやらNHKも「文頭ナノデ」を完全には否定していないようです。NHKアンケートでは、30代以下の世代は「文頭ナノデ」を使う人が過半数を占めているのに対し、40代以上の過半数は「文頭ナノデ」には問題があると考えているというデータが示されています。それを踏まえて「使い方にはくれぐれも注意してください」と締めくくっていることから、少なくとも試験やレポートのようなフォーマルな場面では「使うべきではない」と言ってよいでしょう。


 ここまで確認して一息いれようとしたところで、パソコンの画面をよく見るとこのアンケートが「2008年」に実施されていることに気がつきました。それから10年。ということは、「文頭ナノデ」を問題だと考えているのは50代以上の少数派になりつつあるわけです。まさに自分はその少数派に属しています。




今年10年ぶりに改訂された『広辞苑 第7版』(岩波書店)。
         刊行直後に「LGBT」と「しまなみ海道」の解説文に誤りが判明し話題となった。



 そこで次に、今年発行された『広辞苑 第7版』(岩波書店・2018)を調べてみました。なんと、第6版では掲載がなかった「なので」が接続詞として見出し語に登場しているではありませんか。用例は記されていませんが、別冊付録に次のような説明があります。

「『なので』はもともと『断定の助動詞連体形(な)+準体助詞(の)+断定の助動詞連用形(で)』という構成で、『給料日直前なので、お金がない』のように前文末に付くのが普通であった。最近では『給料日直前だ。なので、お金がない』のように接続詞として使用されることも増えてきている。」(208頁-209頁)


 辞書本体で用例を示さずに別冊で説明しているところを見ると、「文頭ナノデ」を認めるかどうか編集段階でかなりの議論があったことが推測されます。このほかの辞書では、『デジタル大辞泉』が「[補説]近年、主に話し言葉で、順接の接続詞のように用いられることがある」、また『新明解国語辞典 第7版』が「〔口語的表現〕『外で食事は済ませてきた。なので今は何も欲しくない』」といったように、あくまで口語表現として認知しているのが現状のようです。NHK放送文化研究所も、「『文頭ナノデ』は、『だから』と言ってしまうとややぞんざいだけれども、『ですから』『そのため』ではやや堅苦しすぎる、というような中間的な場面(例えば比較的うちとけた間柄の上司に対してなど)でよく使われているようです」としています。ちなみに、この文章を書くのに使っているMicrosoft Office Word 2016では、「文頭ナノデ」に校正要を意味する赤の波形下線が表示されます。




「口語的表現」としつつ「文頭ナノデ」を接続詞とする『新明解国語辞典 第7版』



 というわけで、引き続き学生には、試験やレポートで「文頭ナノデ」を使ってはいけないと指導してよさそうです。なお、就活生にマナーなどをアドバイスしている各種のwebサイトでは、「文頭ナノデ」はくだけた表現になるので、ビジネスの場面(当然それには面接の志望理由書が含まれます)では使わないようにと注意喚起しています。


 試験やレポートでは正しい日本語を用いた論理的な表現が求められる一方、言葉は生きものであり時代とともに変化します。皆が間違った使い方をすれば、それが正しい使い方になってゆきます。古文と現代文で意味の違う単語の多くはおそらくそうでありましょう。「文頭ナノデ」も、次の「戌年」の頃にはもしかしたら答案や履歴書で使える言葉になっているのかもしれません。






(本文中のクイズの答え Q1:①追及、②追求、③追究、④追給、Q2:①科する、②課する、③嫁する、④化する)




【※学問のミカタ】
東京経済大学では、各学部で高校生向けに分かり易く専門分野の教員がブログを公開しています。是非、お立ちよりください。

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2018年7月9日月曜日

【学問のミカタ】裁判員って何をするの?

今回の【学問のミカタ】ブログは、現代法学部の高平奇恵からお届けします。

 「呼出状」は突然やってくる

 裁判員制度とは、国民が、裁判員として刑事裁判に参加し、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決める制度です。
 裁判員の候補者は、選挙人名簿からくじで選ばれます。ですから、選挙権のある人には、ある日突然、裁判所から呼出状が来るかもしれません。
 呼び出された裁判員候補者は、裁判所で質問を受けるなどし(選任手続)、裁判員が決まります。
裁判員裁判は、殺人や傷害致死、強盗致傷などの重大な事件を対象としています。もしかしたら、この記事を読んでいる人の中には、そんな事件の裁判員をするのは怖いな、とか、本当に自分にできるのかな、と思う人もいるかもしれません。
でも、そんな風に思ってくれる人に、裁判員になってもらうことが、この制度の重要な意義のひとつだと考えています。なぜなら、人を裁くことへの恐れがなければ、適切な判断はできないからです。












私の弁護士バッジです。外側は金メッキなのですが、剥げて銀色になってきています。
新人だと思われないように、わざとメッキを剥がす人もいるんですよ。



裁判員制度の特徴

 裁判員制度が始まったのは、2009年です。実は、比較的新しい制度です。裁判員制度の特徴は、国民の中から選ばれた裁判員が、法律の専門家である裁判官と一緒に被告人が有罪か無罪か、有罪の場合にはどのくらいの刑にするのかを決めることにあります。裁判官は法律の専門家ですが、裁判員と裁判官は判断者として対等の立場です。裁判員が裁判官と一緒に刑事裁判の手続に関与することは司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する、というのが法律に書かれている裁判員制度の意義です。
 司法に対する国民の理解の増進や信頼の向上は、もちろんとても大切です。しかし、それにとどまらない重要な意味が、裁判員制度にはあると考えられます。
 それは、いろいろな意見が、裁判に反映されることです。様々な経験や知識を持った裁判員が意見交換をすれば、より慎重で、そして質の高い判断につながるのではないでしょうか。刑事裁判は、人が罪を犯したのかどうか、犯したとすればどのくらいの刑にするのかを決めるものです。裁判の結果は、その人の自由や、場合によっては生命を奪うという重大な結果をもたらすものです。裁判が間違うことができるだけ少なくなるよう、裁判員になった人には、この社会の一員として、ひとつひとつの事件に真剣に向き合い、議論することが求められているのです。
 










裁判員裁判の導入をきっかけに、法廷弁護技術の研究が進んでいます。





刑事裁判の原則

 皆さんは、事件で誰かが逮捕されたという報道に接したとき「犯人が捕まったんだな」と思ってしまっていませんか?逮捕された段階ではまだ「被疑者」疑いをかけられている人にすぎません。その人が、疑われている犯罪を実行したのかどうかは、裁判で認定されることになります。
 逮捕された時点で、その人を「犯人」だと思ってしまう、そう扱ってしまうことはとても危険です。捕まった人が犯人だという前提でいろいろな事実を見てしまうと、誤った判断につながる可能性が高まります。そして、本当は犯人でない人が有罪にされれば、その人の人生は大変な影響を受けます。死刑の場合には命が奪われてしまいます。また、真犯人が罪を免れることにもなります。冤罪は、とても深刻な結果をもたらすのです。
 このような冤罪の発生を防ぐために、刑事裁判には多くの重要な原則があります。ここで、ふたつほどご紹介します。まず、検察官が被告人の有罪を証明する責任を負うこと、すなわち、検察官が被告人が有罪であることを証明できない場合には、無罪の判断がなされるということです。そして、検察官は被告人が有罪であることについて「合理的な疑いを容れない程度の立証」をしなければなりません。裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことでは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければならないのです。
 もし、皆さんに呼出状が来て、裁判員になる機会が訪れたら、是非裁判員になってみてください。そして、刑事裁判の原則を踏まえつつ、精いっぱい事件に向き合い、意見を交換し、結論を導いてほしいと思います。






【学問のミカタ】
東京経済大学では、各学部で高校生向けに分かり易く専門分野の教員がブログを公開しています。是非、お立ちよりください。

経済学部ブログ「復興支援の経済学

経営学部ブログ「Amazonが覆しつつある常識・・・
コミュニケーション学部ブログ「アスリートは勝負をどう学ぶのか
センター日記「ドイツの政治教育

2018年5月29日火曜日

「驚き」は突然やってきた!

2018.5.28 学内風景


 皆さんこんにちは。

 今朝、正門を入って歩いていると、コンクリートをお掃除する姿が。

カラスのお気に入りスポットの下
いつもお掃除してくださりありがとうございます。

 ブラシを使って強く擦ってもなかなか取れない、この白いものは、「鳥のフン」です。

 フンの落とし主は「カラス」だそうです。
現在学内には3箇所、カラスが大量にフンを落とすところがあるとのこと。「お気に入りスポットが減った(木が剪定された)ので、居場所が集約されたのかな?」とお掃除を担当してくださる野口さんが仰っていました。そう言われてみれば、正門から6号館までの長いストレートゾーンに、ここだけフンと木の実の汁と種が集中しています。

 しかし、それにいち早く気づき、掃除してくださることにビックリ。午前中にお掃除をしてくれる人はレジェンド級だと聞きました。学内をいつも綺麗にしてくださりありがとうございます。

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 学内の美観を守っている方はまだまだいます。

 朝のあわただしさが一段落し、学内が静かになると、そこには~綺麗~に整頓された駐輪場があります。

東北門入って右


人気スポット5号館

 自転車で来る方にはお馴染み、通称「駐輪場おじさん」こと、笠原さんと田口さん、田中さんです。
笠原さん。74歳とは思えない!

 今学内には、800台ぐらいの駐輪ラックがあるそうです。朝急いでいる学生さんは、駐輪スペースが満車でも、自分の教室に一番近い駐輪場に停めようとするので、それを注意したり、乗り捨てられた自転車をラックに入れたりします。
 それ以外にも、タイヤがパンクして困っている女子学生の自転車を、自転車屋さんに運ぶお手伝いをしてくれたり、長期ほったらかしの自転車があると、空いている自転車ラックが減ってしまうので、別の場所に移動させたりと、学生さんが駐輪スポットを快適に使えるよう、日々整頓してくださっています。
自転車を置き去りにしてはだめですよ!

すごいなぁと思うのは、学内のそこかしこにある、駐輪スペースの「現在の空き状況」が分かることです。パソコン教室の空き状況なら、学内に設置されている液晶画面で確認できますが、駐輪場にはそのようなシステムはありません。

 例えば5号館下が満車でも、「今なら2号館の前が空いているからそっちに停めて!」と、2号館前に行くよう指示します。
 【この曜日は2号館前に停める学生が多い】
 【この曜日はは早い時間に5号館前が一杯になる】
など、長年の「勘」で分かるそうです。

「4月は乱雑に停める学生が多く、学生に嫌われるのを覚悟で注意する、でもそうすると、だんだん直してくれて、5月のGW過ぎには皆さんきちんと停めてくれるようになるんですよ、助かります」

と仰っていました。学生の皆さんも、笠原さんたちの苦労を見ていて共感してくれるのでしょうね。

 また、「南門の下の駐輪スペースが少なくて【ラックが無くてもいいからコンクリートのスペースを作って欲しい】って学生から言われちゃったんだよね、やってあげたいけど無理だからなぁ。」とも仰っていました。学生の皆さんは、要望は「学生大会」に寄せたりすると良いかと思います。

他にも、学内ではなかなか見えないけれど「縁の下の力持ち」的な人はたくさんいると思います。皆で東経大のことを考えて、東経大の学生さんが、安心して大学に来て、勉強できるように支えてくださっているんですね。

たくさんある花壇は、いつも花がいっぱい。

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 さてさて、今日のタイトル「驚き」を二つ。

 まず1つ目。6月の恒例行事「成績優秀者表彰式」の件です。6月に2・3年生を表彰します。

 主に前年度の成績で評価します(2015年度から変更)。指標としては、前年度に40単位以上取得し、GPAの高い学生を表彰対象として会議に諮ります。
 今年も5月の教務委員会・教授会で「表彰対象者」を決めるので、その資料を作っている時に、まず1つ目の「驚き」がやってきました。

上位12位までが全員「女子学生」。特に今年の2年生は女子学生比率が高く、そして成績までも!!すごい、凄すぎる!女子ますます頑張れ!!
どうした男子!?来年は巻き返しを期待します。

 今年の3年生の表彰者は22名です。「表彰対象者」でGPAが一番高い学生は3.7、一番低い学生は2.9でした。こちらも1位は女子学生さんでした。

 皆さんおめでとうございます。成績優秀者表彰式後にまた様子をアップします。

【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2017
【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2016
【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2015
【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2014

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「驚き」二つ目。

 この度、「現法さん」と名乗っていたわたくし小島は、5月末をもって現代法学部を「卒業」することになりました。先週内示を受けてビックリ。

 2012年に学務課に来て最初から「現代法学部」の担当になりました。最初は「どうしよう・・・」とすごく心配でした。現法さんは「法学部」出身ではなく「農学部」出身。新卒で東経大に就職しましたが「経理課⇒学生課⇒学務課」と異動しており、東経大の教育に関することは全く分かりません。法も『六法』も言えないし、「公法が憲法と行政法??」と、最初は本当にチンプンカンプンで、先生たちも「本当にこの子で大丈夫だろうか・・・」と心配だったと思います。そんな中でも、法律について教えてくださったり、「この本を読むと全体像がつかめるよ」とか「授業に出てみたら」と言ってくださり、こちらも応えられるよう精一杯頑張ったつもりですが、果たして期待に応えられたかは分かりません。
 学生の皆さんとは、「親」とは違う、「兄弟姉妹」とも違う、あまり接点の無い年代だと思います。「私とは話し難かったらどうしようか・・・」と悩みましたが、皆さんが4年後に無事大学を卒業して就職した時に、私の年代とも接するはずなので、その時に困らないように話そう、と考えて学生支援をすることにしました。こちらも学生の皆さんの期待に応えられているかは分かりません。現代法学部の「縁の下の力持ち」になれたでしょうか…うーん。でも、現代法学部で現法の先生や学生の皆さんと一緒に学び、悩み、楽しみ、笑い、達成し、本当にとても充実した6年間を過ごすことができました。ありがとうございました。

 最後のブログで何を書くか迷いました。毎回の会議が喧嘩になってしまうくらい大変だった「カリキュラム改革」にしようか、楽しかったことランキングにしようか、ゼミ研究報告会は楽しかったなぁ、とか、あの卒業生は元気かなあ、とか。また、一昨年に階段から落ちて意識不明になり半年お休みしたり、去年は交通事故に遭ってまた休んだり、迷惑もかけたなぁ・・。思い出せば出すほど、何だか「寂しい」気持ちになるので、写真も入れずに長文になってしまいました。すみません。6月1日から新しい部署に行きます。それまでに学務課で一番雑然としていて有名な【我が机】を片付けられるか心配です。お掃除の方を見習わねば!



 では、次の現法ブログ担当の方(他学部のように先生かもしれません)にバトンを渡して卒業します。今までありがとうございました。現代法学部の皆さん、頑張ってくださいね!

また次回!



2018年5月16日水曜日

【学問のミカタ】ろう文化を守ることとインクルージョン:障害者と差別について考える

2018「社会・法学入門概要」
できあがりました。お楽しみに。

 みなさんこんにちは。

 5月も半ばになり、大学もだいぶ落ち着いてきました。
 しかし[今週は寒い!][今週は暑い!!]とジェットコースターのようなお天気が続いていますね。体調を崩さないようにしてください。

 現法さんはやっと仕事が一段落しましたので、皆さんに提出してもらった[振り返りシート]を読んでいます。
振り返りシートは提出しましたか?未提出の皆さん、
ポストは出していませんが今も受け付けていますよ。

 [振り返りシート]には「こう書かなきゃいけない」というルールは定めていないので、提出されたシートは学生によってさまざまです。個性が出ていて、読みながら「こんな学生さんなのかな」と想像します。急いで書いた殴り書きの人もいますし、下書きをして清書する人もいます。どんな方法でも皆さんしっかり振り返っているなぁと思います。また、学生の皆さんの抱える問題や、学生支援に繋がるヒントもあり、皆さんが頑張って振り返っているのだから、読んで学生支援に繋がるよう勉強したいと思います。

少しご紹介します。

~1年2期の「振り返りシート」からランダムにピックアップ

“1年間の大学生活を終えて感じたことは時間が過ぎていくのが早いということである。入学したと思ったらもうすぐ2年生になってしまう。勉強量も高3の夏以降と比べたら少ない。そのため2年生になったら通学時間や隙間時間をうまく利用して勉強時間を増やしたいと考えている。春休みに3年から入るゼミを考えていた時、入りたいと思っていた先生が定年を迎えたことを知りとても悲しい。2年でさまざまな法律科目を学び興味のあるゼミが出てくることを願いたい。”
”将来についてまだ見えていない。夢を探しています。”
”1年間を終えて全体的には満足できるものであった。学業だけではなくサークル活動も楽しむことが出来たが他の活動をする余裕はなかった。2年次には将来について考え直し、今何をすべきなのかをもう一度考えたい。”
”1年間、右も左も分からず生活していくうちに、考え方が少し大人になったかなと思う。 以前は少しぶつけられたくらいでイライラしていたが、「そういう時もあるよな」と考えられるようになった。もう一つは、一年間一人暮らしをしてみて、生活の知恵のようなものが少しずつだが分かってきた。今までは親に頼りっぱなしで正直だらしのない生活をしてきたので、多少無理をしてでも東京に出てきて良かったと思う。2年次には自分も成人になるので、行動、発言には責任を持ちたい。簡単な目標として、フル単を目指して頑張っていきたい。”

 この「振り返りシート」には、「興味を持った科目」を3つまで記入する欄が設けられています。ここに一番挙がる科目は、「社会・法学入門」ではないかと思います。

 この科目はすごい科目です。現場に足を運び(見学)、社会問題・法律問題を実際に見聞する、当事者の方から話を聞くなどをして、自分で問題を発見し、実感し、解決策を考えていく。それが授業の目的です。ですから学生の皆さんも「よし、これから法や政策を学んでいこう」と強く思う科目なのだと思います。先生方も毎年この時期になると「今年はどうしようかな」とかなり考え、気合いが入っています。

 今年は19ゼミのうち見学があるのは15ゼミ、未定(学生の総意によるのかな)は2ゼミ、見学には行かず判例や事件事例を通して討論するゼミが2ゼミとなっています。

 1年生の皆さんには6月1日のリーガルリテラシー入門で「社会・法学入門概要」を配付しますのでお楽しみに。

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 さて、ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、今日は【学問のミカタ】。今回は中川 純先生が寄稿してくださいました。

 中川先生の「社会・法学入門」は、行政機関・委託機関・社会福祉法人・NPOなどの見学を考えているそうですよ。福祉法プログラムに興味のある人は是非チャレンジしてください!

 ではどうぞ~。

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「ろう文化を守ることとインクルージョン:障害者と差別について考える」
中川 純


 アメリカ合衆国の首都、ワシントンDCの中心部にギャローデット大学(Gallaudet University)という学校があります。ここは、「世界で一番静かな大学」といわれています。この大学は、ろう者や聴覚障害者など耳が聞こえない人たち(以下、ろう者)のための高等教育機関で、大学構内では、アメリカ手話だけがコミュニケーションの手段とされており、言語によるコミュニケーションがほとんどおこなわれていないからです。耳が聞こえる学生、教員、外国からの留学生はアメリカ手話を学ぶことが義務づけられています(現在も耳が聞こえる学生は、大学院とわずかな人数が学部で受け入れられているだけとなっています)。

大学キャンパスの外壁にある大学のサイン

 ギャローデット大学は、「ろう文化」の拠点となっています。同大学で言語学を研究としていたウィリアム・ストーキー教授(Professor William C. Stokoe, Jr.)は、手話が独立した構文と文法を持つ言語であることをあきらかにしました。手話が言語であり、他の言語に劣るものではないことは、ろう者に、聴覚でなく視覚、触覚を基礎とし、手話を重視する「ろう文化」を強く意識づけることになりました。この「ろう文化」をめぐって、2つの大きな出来事がありました。

1877年に完成したギャローデット大学のカレッジホール
(歴史的建造物)


 1つ目は、「ろう者の学長を、今!(Deaf President Now, DPN)」という学生運動です。ギャローデット大学は、1864年に創設されましたが、1980年代になるまで耳が聞こえる人が学長をつとめてきました。1988年に再度耳が聞こえる人が7代目の学長に就任したとき、学生がこれに反対しました。理由は、新学長が、ろう教育の経験が浅く、手話ができなかったこと、自分たちの学長がろう者のコミュニティのメンバーであるべきと考えたこと、からでした。この運動は、新聞・テレビなどで大きく取り上げられ、7代目学長は実質的に6日しかその座にいることができず、結果としてろう者が8代目学長(President Jordan)に就任しました。自分たちのリーダーを自分たちの手で勝ち取ったことはサクセスストーリーとして、この出来事を題材としたドラマがテレビ放映されました。

1870年に建てられた
ギャローデット大学のチャペルホール
(歴史的建造物)

 「ろう者の学長を、今!」の学生運動は、社会(マジョリティ(社会的強者))に対しろう者(マイノリティ(社会的弱者))の存在だけでなく、「ろう文化」を知らしめました。「ろう文化」を権利として印象づけ、差別的効果を緩和させ、社会への参加を促進するために、学校や職場に手話通訳者の費用を求めるような政治的な運動につながっていきました。現在、この運動は、ろう者に対する自己決定権やエンパワメントを象徴する出来事と理解されています。これまで一般社会の中でろう者が受けてきた過酷な経験からすれば、自分たちのアイデンティティを確立し、社会に受け入れられるきっかけとなった「ろう文化」を発展させることは、ろう者のコミュニティにおいて非常に重要なものであると考えることができます。

美しく、広いキャンパス

 2つ目は、「ギャローデット大学を1つに!(Unity for Gallaudet)」と呼ばれる反対運動です。これは、2006年に8代目学長が辞職するときに後継者として指名された女性教員の学長就任に対して、その他の教員、学生らが起こした反対運動です。その理由は、あきらかではありません(学生に対する彼女の態度がよくなかったともいわれています)が、有力な理由として、彼女は、ろう者であったものの、普通学校で教育を受け、23歳まで手話を習っていなかったことがあるといわれています。100名を超える逮捕者がでるほど大きな反対運動となったこともあり、大学の理事会は彼女の学長就任の決定を覆しました。その後、暫定的な学長を経て、生まれつき耳の聞こえない人が学長となりました。

地下鉄の駅の名前がギャローデット大。
レッドラインでユニオンステーションから1駅。

「ギャローデット大学を1つに!」の反対運動は、自分たちのリーダーを自分たちの手で勝ち取った点について、「ろう者の学長を、今!」の学生運動と違いがないようにみえます。しかし、その理由が、もし「ろう文化」に固執することにあったとすると、事情が少し異なります。差別に関して矛盾した状況を招くことになるからです。ろう者が絶対的多数を占める、ギャローデット大学という特殊なコミュニティにおいて、自らの「ろう文化(生まれながらにしてろう者であること、小さい頃から手話を使っていることなど)」を尊重することが、普通教育を受けてきたろう者を受け入れないという結果を導いたことになります。一般社会ではマイノリティであるはずのろう者が、このコミュニティではマジョリティになるにもかかわらず、「ろう文化(一般社会ではマイノリティである立場)」にこだわることが、コミュニティ内部で自分とは異なる文化を排除することになったといえます。ろう者のコミュニティは、一般社会に対し差別をなくすために多様性を引き受けること、つまり社会への「インクルージョン(包摂されること)」をもとめてきました。しかし、マジョリティとなったろう者たちは、マイノリティに対し自分たちが要求してきたように接することができませんでした。

アメリカ連邦政府議会議事堂

 自分たちのアイデンティティとして、また差別を排除する原動力となった「ろう文化」が、特殊なコミュニティ内のマイノリティを排除することにつながったといえます。ろう者のコミュニティ内の民主主義やそれに伴う利益の反映を考えれば、「ろう文化」を尊重することは正しいといえるかもしれません。しかし、マジョリティにとって都合のいいやり方や基準を押し付け、マイノリティの機会を失わせることは典型的な差別として認識されています。社会的特性を有する人々の間での権利・利益の衝突の問題は、ダイバーシティ(多様性の尊重)を求められる社会ではよくみられますし、今後ますます解決の必要性が増していくと考えられます。日本でも将来大きな問題になるかもしれません。困難な問題ですが、どうするのが正しかったのか、自由に考えてみてはいかがでしょうか?

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中川先生ありがとうございました。

うーん、なんと感想を述べてよいのか、どうするのが正しいと思うかは気軽には書けないですね。
みなさんは、これから専門家の中川先生のところで自由に考え、意見を述べ、勉強し、自分の答えを見つけてください。

ではまた次回!

2018年4月20日金曜日

2018年度始動!

2018.4.2 学部オリエンテーション

みなさんこんにちは。

2018年度が始まり3週間が経ちました。授業は4月9日に始まったので、今日で2回目の授業が終了したところです。
今日は大学が静かな感じです。金曜だからかな?
(例年の傾向として金曜日は履修者が少なめ)



                 ☆----☆


さて、この4月は、国分寺駅前が大きく変わりました。
4月7日に、北口に「ミーツ国分寺」がオープンしました。
皆さんもう行きましたか?

【外部ホームページへ】ミーツ国分寺

「あれ?じゃあココブンジって何だっけ?」と調べてみると、
北口の再開発ビル自体が「ココブンジ」という名前のようです。
その中に「ミーツ国分寺」が入っているんですね。

そのココブンジの5階には、「cocobunjiプラザ」という国分寺市の「情報発信スペース」があるそうです。
確か国分寺市に1つしかない大学のわが大学「東京経済大学」も、早速イベントに参加しました。

【国分寺市ホームページ】cocobunjiプラザ
【大学ホームページへ】「こくスマ!」開催~東京経済大学の学生がオープニングイベントを企画



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4月前半に行われた現代法学部のイベントを、写真を交えながらご紹介します。


今年は249名の新入生を迎えました。
1年生の皆さんご入学おめでとうございます!
無事に全員履修登録を終えたので、現法さんもホッとしています。

2018.4.3-4 学修相談会(1年生全員呼出)

早生まれの新入生は2000年生まれなんですね。すごい。2000年当時は「ミレニアムだ!」と世の中が沸いていたなぁと思い出します。ミレニアムベビーなんて言葉もありましたね。まさに皆さんですね。

奇しくも国分寺市のミレニアムのような年に入学した皆さん、東経大での4年間が、健康で充実した4年間になることを祈っています。


<4月2日 現代法学部オリエンテーション>
羽貝学部長挨拶


久保教務主任挨拶



現代法学部の授業の説明
<4月13日 アドバンストプログラム説明会>
法プロフェッショナルプログラム説明会

公務員志望者支援プログラム説明会

<4月3日・4日 春の学修相談会>







2018年度も頑張りましょう!

ではまた次回。