2019年1月18日金曜日

【学問のミカタ】法の学び方-アイラック

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の桜井 健夫からお届けします。



1 アイラック
アイラック? ライラックは紫の花、アイライクは like”。これらと違ってアイラックは単語やその集まりでなく、4つの単語、Issue(問題), Rules(法規範), Application(適用), Conclusion(結論)の頭文字。ある問題について、関連する法規範を頭に浮かべ、それを解釈して問題の事実に具体的に当てはめて適用し、結論を出すという一連の手順です。問題に向ってから結論に至るまでに、法規範、適用をはさんで分けて考えるという合理的なステップを踏みます。

ssue(問題)・・・・どんな問題なのか? 
ules(法規範)・・・それに関連する法規範はどうなっているか?
pplication(適用)・ その法規範に問題の事実を当てはめて適用すると? 
onclusion(結論)・ それで結論はどうなるか?


IRACは法律を使う際の基本であり、法律実務家教育を行う法科大学院では真っ先に学びます。最近では大学においてもこれを学ぶようになってきており、昨年、現代法学部の新入生もIRACを学びました。ここではそれをさらに分かりやすく紹介します。その授業を受けた学生の皆さんも、これを読むとさらによく分かります。


2 設 例 

個人情報のケース  
1 問題(Issue
  自分の名前で検索すると10年以上前の破産の事実が書かれたサイトが
  検索結果に表示されるので、表示されないようにしてほしい。
○山△男         検索
    ・○山△男のサイト
    ・□市×町の○山△男 
    ・○山△男、破産! 
     ・・・・・・・


2 法規範(Rules
  憲法13条を根拠に、個人情報を公開されない権利(プライバシー権)があるとされる。さらに、EUデータ保護規則17条に規定されるような「忘れられる権利」もあるかが問題であり、最高裁3小決平成29・1・31は、検索結果の抹消を求めたケースについて、「忘れられる権利」については明言しないまま、表現の自由とのバランスを意識して、①当該事実を公表されない法的利益と②当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して、②より①が明らかに優越する場合には、削除が認められるべきであるという一般的判断基準を定立した。法規範には、○○法○条というものばかりではなく、最高裁判例や決定例が述べる一般的判断基準も含まれ、本件ではこの決定例の一般的判断基準が法規範と位置付けられる。
なお、憲法のほか、関連法として民法や個人情報保護法も想起される。しかし、民法ではプライバシー侵害の不法行為が考えられるものの、不法行為では損害賠償請求はできるが削除請求はできないし、名誉棄損の不法行為を考えても、リンクの削除が名誉を回復するのに適当な処分に当たるとは言い難いので、民法には削除請求のぴったりとした根拠となる規定がない。また、個人情報保護法には削除請求権は規定されておらず、根拠となりうる規定はない。


3 適用(Application
  憲法を根拠とする上記決定の一般的判断基準に、本件の具体的事実を当てはめる。①10年以上前の破産の事実が不特定の人に知られることを防げる法的利益、②この事実を検索結果の形で広く伝えることの社会的意義、公共性などを対比する。
上記最高裁決定で問題とされた「児童買春をしたとの疑いで逮捕された事実」という犯罪に関する情報と比較すると、本件で問題となる「過去に破産した事実」は、経済的マイナス情報に過ぎず、かつ10年以上前のことなので、検索結果の形で広く伝えることの社会的意義、公共性はそれほどない。他方、10年以上前とはいえ破産の事実は本人の経済活動にとっては障害となるものであり、破産法の制度趣旨からしてもやり直しの機会を妨害すべきではなく、①が②に明らかに優越すると考えられる。

4 結論(Conclusion
  したがって、リンクの削除は認められるべきである。

 



3 特に「適用((Application)」について
IRACのうち一番難しいのはA、つまり「適用」です。このケースでは、最高裁平成29年1月31日決定(以下平成29年最高裁決定といいます)が示した基準をルールとして位置付け、それに問題となっている具体的事実を当てはめています。

      





最高裁決定が示した基準では、利益衡量をすることになります。利益衡量とは、対立する利益を秤にかけることです。ここでは、上記①と②が秤にかけられます。そして、①が②に明らかに優越するか、つまり、①の方に秤がはっきりと傾くかを見ます。それは恣意(しい)的(思いつくまま)に、あるいは直感的に行われるものではありません。利益衡量をするには、それぞれの「重さ」を何らかの形で比較可能にする必要があるます。そのためには、検索結果表示の評価、過去に破産した事実の評価を検討する必要があります。

4 検索結果表示にはどんな意味がある?

まず、表示される立場から検索結果表示の評価を考えます。
少し前までは、過去は消えました。悪いウワサや恥ずかしい失敗も、季節がたてば世間は忘れるし(「人のうわさも75日」)、本人も忘れます。だから人生はやり直しができると言われます。

ところが昨今は、過去が消えない時代となっています。過去の個人データが集積されてAIにより解析(プロファイリング)され、個別化広告が向けられます。グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなどはそれを行う代表的な主体です(「『グーグルのサーバーからデータが削除されることはありません』完全削除指示しない限り、残り続ける。」2018716日経新聞)。

さらに、過去が消えないだけでなく、未来も作られる時代になりつつあります。たとえば、アマゾンは、基礎データとして1. 顧客の注文実績/2. 商品検索、キーワード検索の実績/3. 希望リストの分析/4. ショッピングカートの内容物の履歴/5. キャンセル実績、返品実績/6. 特定の商品に顧客のマウスカーソルがとどまった時間を収集し、AI分析をしたうえ、個別化広告をし、さらに予測配達をしようとしています。5年以上前の201312月に米国内で取得した「予測的な配送システム」の特許(下図)は、顧客が注文する前に、予測に基づいて品物を出荷し、注文を行った時点で、すでに最寄りの拠点まで商品を配送している、というシステムです。こうなると、その注文は自分で決めたのか、決めさせられたのか、分からなくなります。

  

検索結果表示にはこれらと似た問題があります。ここでも、自分の過去は消えません。そして、自分の過去を知っている検索エンジンが、検索結果としてそれを表示し続けることによって、自分の未来が影響を受け続けることになります。

 次に、検索表示を提供する立場から検索結果表示の評価を考えると、「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」(平成29年最高裁決定)と言えます。

最後に、検索する立場から見ると、「検索事業者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」(平成29年最高裁決定)といえます。ただし、注意しなければならないのは、検索結果は、パーソナライズされているので人によって異なることです。同じ言葉を入れて検索しても、その人の地域、関心、傾向の相違に合わせて検索結果も異なるので、情報流通の基盤として果たす役割もその程度と位置付けることになります。ネット情報の提供方法は、場合によっては、米国大統領選挙やBrexitをもたらした英国の国民投票の例のように、民衆分断や思想操作の道具にもなりえます。

5 過去の破産の事実にはどんな意味がある?
個人破産の制度は、債務の返済が困難になった人について、非難したり罰したりする制度ではなく、財産の限りで債権者に配当することを条件に残った債務を払わなくてよいことにし(免責制度)、ゼロ(マイナスのない状態)からのスタートを可能にすることで、破産者の経済的再生をさせようとする制度です。破産・免責により復権し、資格制限(弁護士、ガードマンになれないなど)もなくなります。免責不許可でも破産から10年経過すれば復権し(破2555号)経済的再生への道がつくられています。

破産者の経済的再生は、破産者自身のためのみではなく、その家族や社会全体にとっても意味があります。たとえば、多重債務者が立ち直れないと治安が悪化します。免責制度や復権制度を含む破産制度は、経済社会から一旦はみ出した破産者を一定の要件のもとに経済社会に復帰させる制度です。破産したという事実は、それが10年以上前であっても、その人と取引をしようとする業者にとっては意味のある情報ですが、その人の経済社会への復帰にとっては有害であり、特に破産制度の趣旨からすると、広く知らせるべき公益性のある情報とは言えないと考えられます。

6 法の適用の結果
検索結果表示と破産の事実についてこのように検討した結果、設例では、破産は「経済的マイナス情報に過ぎず、かつ、10年以上前のことなので、破産法の制度趣旨からしてもやり直しの機会が確保されるべきであり、①が②に明らかに優越すると考えられる。」としました。

7 平成29年最高裁決定を見てみましょう 
平成29年最高裁決定はIRACで書かれています。同決定が定立した一般的判断基準(R)とそれへの事実の適用(A)を原文で見てみましょう。結論としては、削除請求を否定しています。緻密な利益衡量をしていますので、そこに注目してください。

R【一般的判断基準】
検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。


A【具体的当てはめ(適用)】
児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則を持って禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また、本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
 以上の諸事情に照らすと、抗告人が妻子とともに生活し、…の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれるなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。


                                    



1月の【学問のミカタ】
・経済学部「きのこたけのこ戦争と巨大IT企業の違い
・経営学部「山本聡ゼミ、最優秀賞への道!!:なぜ、山本聡ゼミは学外コンテストに参加し続けたのか?
・コミュニケーション学部「学校スポーツのあり方について考える
・全学共通教育センター「目隠しと「ルサンチマン」」