2019年5月8日水曜日

【学問のミカタ】タイでのボッタクリから法(契約)について考える

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の中川 純からお届けします。


1.タイという国
 タイは、「微笑みの国」といわれる。タイ人は、常に笑顔を絶やさず、ホスピタリティにあふれている。しかし、同時に「マイペンライ精神」と呼ばれる、南国らしい楽観的な国民性を持ち合わせている。「マイペンライ(ไม่เป็นไร)」とは、「大丈夫」、「問題ない」という意味だが、同時に自分のミスを棚上げするときに「仕方ない」、「運が悪かった」という意味でも使う。そういうと、タイにはいい加減で、怠惰な人しかいないような印象を受けるかもしれない。実はタイは、受験競争が激しく(その様子は、タイ映画「バッドジーニアス:危険な天才たち」をみて、確認してください)、特にエリートと女性は、非常によく働く。
笑顔、勤勉、いい加減が混とんと同居する国、それがタイである。




ピンクのブーゲンビリアに一気に南国気分! 











タイは仏教国。いたるところにお寺があります。




2.タイでボッタクリにあう

 数年前に、タイで開催される国際学会で報告する機会があった。場所はバンコク市の郊外で、地下鉄の終点からタクシーで移動しなければならなかった。地下鉄を降りたところで待っているタクシーに乗ろうとして、場所を告げたところ、気のよさそうな運転手が「300バーツ(約1050円)でどうだ」と申し出た。相場がわからないので、とりあえず運ちゃんに「OK」というと、笑顔で車を出してくれた。距離にして1015キロほどで、「タイのタクシーは安いな」と喜んでいた。ところが、帰りに別のタクシーに同じ地下鉄の駅に送ってもらったところ、料金メーターでの料金は、高速代込みで135バーツ(470円)。高速道路にも乗らず、下道で2倍以上の値段をふっかけられたことを、そのとき察知。ボッタクラれたといっても日本円で600円程度。大人なのに「セコイことをいうんじゃない」と叱られそうだが、金額よりもボラれたことがショックで、テンションがガタ落ちした。




タイのタクシー。ちゃんと”Taxi-Meter”と書いてある(このタクシーは本文とは関係がありません)。




タクシーのボッタクリはタイに限らず、どこにでもみられる。世界最大のプロレス団体WWEの元スーパースターのヨシタツ選手でさえ、アメリカで「遠征にいくときにはレンタカーを利用する。タクシーにボラれるから」といっていた。屈強なプロレスラーでさえぼったくられるんだから、貧弱そうな大学教授をボルなんてたわいもないことだろう。

 タイの物価は安い。クィッティアオ(タイ風ラーメン)が150バーツ(175円)くらい。ところが、恐ろしいもので、慣れてくると安さを感じなくなる。地方都市にいったとき、バイタク(バイクタクシー)を利用することになった。バイタクは料金メーターがないので交渉制。2キロくらい離れたところに調査にいくために利用しようとしたところ、運転手が「60バーツ(210円)どうだ」と申し出た。「だまされないぞ」とこちらは「50バーツ(175円)だ」といったところ、「ダメ」との返事。「60バーツなんて高い!もったいない!」と思わず、その道のりを歩きだしそうになった。冷静になって考えたら差額はわずか10バーツ(35円)。その金額のために、気温30度以上の炎天下の中、スーツを着て、2キロの道のりを歩いて、汗だくになるのは、すごくバカげていることにようやく気づく。結局、その運転手に頼んで、バイタクを利用。後から聞いたら、バイタクの値段も適正価格だった。「羹に懲りてなますを吹く」。バイタクのお兄さんを信じなかったことを激しく反省する。


バイクタクシー。背番号がついたオレンジのビブスが目印
(このバイタクは本文とは関係がありません)。



3.ボッタクリにあって考える

 タイでの経験から2つのことを考えた。1つは、なぜボッタクレれたかだ。「それは、あなたが貧弱だからですよ」といわれそうだが、プロレスラーでもボラれるそうである。だとすれば、あまり関係はなさそうだ。ボラれた理由は、情報の不均衡にある。タイにはじめて行って、タクシーを利用する日本人は、地理もわからないし、タクシー料金の相場もわからない(ついでにいえば、料金メーターがあるのに料金交渉してくることも普通と思ってしまっていた)。つまり、「この距離なら、これくらいの値段」ということがまったくつかめていない。相場がわからないから、値段交渉のしようがない。だから言い値で承諾してしまう。以前「紛争処理」の技法について勉強したときに、「交渉の勝ち負けは情報量で決まる」と習ったが、それを、身をもって経験させられた気がした。
 もう1つは、合意することの恐ろしさだ。授業で契約のことを教えるときに、「申込み」とそれに対する「承諾」により成立する合意(契約)は、理性的な個人によってなされたのであれば、両者を拘束すると説明する。しかし、たとえ契約当事者が理性的であっても、情報が不均衡な状態では理性的な判断ができないのに、承諾すればそれに効力が与えられる可能性がある(ただし、おそらくタイでもタクシー会社的には料金メーターを使わないのは規則違反だと思われます。また、メーター不使用はもしかすると違法の可能性もあります)。この状況での合意が相場的に正しいか否かはギャンブルで勝つ確率に等しい。うまくいくかどうかをダイスに委ねるようなものだ。海外旅行ではこの危険に常につきまとわれることとなる。



クィッティアオ(タイ風ラーメン)。「タクシーが近くを走ってて、危ないな」と思ったら、テーブルのほうが道路の上でした(汗)。




4.おわりに

大人の日本人であっても、はじめて訪れた外国では、情報量でみれば赤ちゃんに等しい。いとも簡単にボラれてしまう。ボラれないためには、事前に適正な情報を得て、さらに合意の際には慎重になることが必要である。これは、ボッタクリ防止だけではなく、普段の生活の中で交渉、契約するときにも必要なことかもしれない。日本に住んでいても常に情報を得ること、慎重な判断をおこなうことをこころがけることが必要だろう。