2018年9月18日火曜日

【学問のミカタ】「なので」のなやみ

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の田邉 真敏からお届けします。



「物理学や経済学が数式やグラフで相手を納得させる学問であるのに対し、法律学では文章を用いてそれを行います。したがってみなさんは正しい日本語、論理的な文章の使い手にならなければなりません。」

 現代法学部1年生1学期の「大学入門」授業で学生たちに伝えているメッセージです。まずは正しい漢字を書くこと。ところがマークシートとスマホに慣れ親しみ、自分の手で字を書く機会が減っている今の生徒・学生にとっては、これが結構なハードルになっているようです。小手試しに、このブログを読んでいただいているみなさんは次のQ1Q2のカタカナの箇所を漢字で書き分けられますか。選択肢は、法律学を学ぶ過程で実際に出てくるような用例としました(答えはこのブログの最後)。


 Q1
  ①責任をツイキュウする
  ②利潤をツイキュウする
  ③学問をツイキュウする
  ④賃金の不足分をツイキュウする

 Q2
  ①実刑をカする
  ②重税をカする
  ③責任をカする
  ④廃墟とカする


 ここまではイントロで、論理的な文章を書くための重要なポイントはその先にあります。ここでは紙幅(パソコンなので「画幅」と言うべき?)の制約があり、そのすべてを説明することができませんので、1つだけ「接続詞を的確に使う」という点をあげておきましょう。野矢茂樹著『新版 論理トレーニング』(産業図書・2006)に次のような記述があります。

「論理とは言葉と言葉の関係をとらえる力である。だとすれば、そうした関係を示す言葉、主張と主張をつなぐ言葉を見直すことからはじめるべきだろう。つまり、接続詞、あるいはよりひろく接続助詞や副詞なども含んだ接続表現一般を見直し、その力をきちんと見積もるところからトレーニングを開始すべきである。」(13頁)

というわけで、私が担当している「大学入門」授業のクラスでは、「論理的な日本語の使い手になろう」を目標に接続詞の使い方から確認してゆきます。


 接続表現は、①付加、②理由、③例示、④転換、⑤解説、⑥帰結、⑦補足の7種類に分類することができます。このうち答案やレポートの結論部分で登場するのは、⑥帰結の接続表現です。結論を示す段落の冒頭で、「したがって」「要するに」「ゆえに」といった表現で読み手に「いよいよ結論を言いますよ」と合図を出す役割を担うのが帰結の接続詞です。このように接続詞は論理の動きを読者に示す「ベクトル」の役割を果たします。論理性を重んじる法律学の文章では、この「ベクトル」を適切に用いることが求められるわけです。法律学の論述試験答案を採点するときは、一言一句読む前に各段落の冒頭を目で追って接続表現をチェックすれば、その答案の出来具合はだいたい判定できてしまいます。接続詞の役割はそれだけ大きいということです。


 さて、帰結の接続詞に関してここ何年か採点者を悩ませる状況が発生しています。それは「なので」という言葉です。学生の答案やレポートを採点していると、しばしば次のような表現に出会います。

「・・・車の運転中に脇見をして注意を怠っていたAには過失がある。なのでAは本件交通事故の被害者Bに対して損害賠償責任を負う。」


 このような文頭に来ている「なので」について、これまで学生には次のように説明してきました。

「『なので』は接続詞ではありませんから、文の頭に置くことはできません。『今日は雨降りなので一日中家にいよう』といったように、文の途中でその前後をつなぐのが役目です。自分で辞書を引いて確認してみましょう。」

例えば、『大辞泉 第2版』(小学館・2012)では「なので」を次のように説明しています。

「〔連語〕《断定の助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形活用語尾+接続助詞「ので」》・・・だから。・・・であるから。『かぜ——学校を休んだ』『故障の原因が明らか——すぐに直せます』」

『広辞苑 第6版』(岩波書店・2008)ではそもそも見出し語にあげられていません。独立した語釈を示すには及ばない(つまり接続詞でない)ということなのでしょう。


 しかし、文の頭に来る「なので」は答案・レポート中で年々増殖する傾向にあるばかりか、最近ではNHKのアナウンサーが番組の中で使うのを耳にするようになり、そこでNHK放送文化研究所のホームページを調べてみました。すると次のような解説が目にとまりました。

「『なので』には2種類あり、『退屈ナノデ出かけてきます』のように1つの文の中で使われるもの(『文中ナノデ』)と、『退屈です。ナノデ出かけてきます』のように前の文を受けて次の文の頭で使われるもの(『文頭ナノデ』)とがあります。このうち『文頭ナノデ』は、使われ始めてからの歴史が浅く、違和感を覚える人もいます。」(中略)
「『文頭ナノデ』がどのように受け止められているのかをめぐって、NHK放送文化研究所ではウェブ上でアンケートをおこないました(1,339人回答)。『その日は仕事が休みでした。なので、いつもよりゆっくりと寝ていました。』の『なので』について意見を尋ねてみたところ、若い年代になるほど『自分で言うことがある』という人が多くなっている一方で、中高年層では『この言い方には問題がある』と考える人も多いという傾向が見られました。なので、使い方にはくれぐれも注意してください。」(NHK放送文化研究所ホームページ「最近気になる放送用語」より引用)


 この解説の最後の文からすると、どうやらNHKも「文頭ナノデ」を完全には否定していないようです。NHKアンケートでは、30代以下の世代は「文頭ナノデ」を使う人が過半数を占めているのに対し、40代以上の過半数は「文頭ナノデ」には問題があると考えているというデータが示されています。それを踏まえて「使い方にはくれぐれも注意してください」と締めくくっていることから、少なくとも試験やレポートのようなフォーマルな場面では「使うべきではない」と言ってよいでしょう。


 ここまで確認して一息いれようとしたところで、パソコンの画面をよく見るとこのアンケートが「2008年」に実施されていることに気がつきました。それから10年。ということは、「文頭ナノデ」を問題だと考えているのは50代以上の少数派になりつつあるわけです。まさに自分はその少数派に属しています。




今年10年ぶりに改訂された『広辞苑 第7版』(岩波書店)。
         刊行直後に「LGBT」と「しまなみ海道」の解説文に誤りが判明し話題となった。



 そこで次に、今年発行された『広辞苑 第7版』(岩波書店・2018)を調べてみました。なんと、第6版では掲載がなかった「なので」が接続詞として見出し語に登場しているではありませんか。用例は記されていませんが、別冊付録に次のような説明があります。

「『なので』はもともと『断定の助動詞連体形(な)+準体助詞(の)+断定の助動詞連用形(で)』という構成で、『給料日直前なので、お金がない』のように前文末に付くのが普通であった。最近では『給料日直前だ。なので、お金がない』のように接続詞として使用されることも増えてきている。」(208頁-209頁)


 辞書本体で用例を示さずに別冊で説明しているところを見ると、「文頭ナノデ」を認めるかどうか編集段階でかなりの議論があったことが推測されます。このほかの辞書では、『デジタル大辞泉』が「[補説]近年、主に話し言葉で、順接の接続詞のように用いられることがある」、また『新明解国語辞典 第7版』が「〔口語的表現〕『外で食事は済ませてきた。なので今は何も欲しくない』」といったように、あくまで口語表現として認知しているのが現状のようです。NHK放送文化研究所も、「『文頭ナノデ』は、『だから』と言ってしまうとややぞんざいだけれども、『ですから』『そのため』ではやや堅苦しすぎる、というような中間的な場面(例えば比較的うちとけた間柄の上司に対してなど)でよく使われているようです」としています。ちなみに、この文章を書くのに使っているMicrosoft Office Word 2016では、「文頭ナノデ」に校正要を意味する赤の波形下線が表示されます。




「口語的表現」としつつ「文頭ナノデ」を接続詞とする『新明解国語辞典 第7版』



 というわけで、引き続き学生には、試験やレポートで「文頭ナノデ」を使ってはいけないと指導してよさそうです。なお、就活生にマナーなどをアドバイスしている各種のwebサイトでは、「文頭ナノデ」はくだけた表現になるので、ビジネスの場面(当然それには面接の志望理由書が含まれます)では使わないようにと注意喚起しています。


 試験やレポートでは正しい日本語を用いた論理的な表現が求められる一方、言葉は生きものであり時代とともに変化します。皆が間違った使い方をすれば、それが正しい使い方になってゆきます。古文と現代文で意味の違う単語の多くはおそらくそうでありましょう。「文頭ナノデ」も、次の「戌年」の頃にはもしかしたら答案や履歴書で使える言葉になっているのかもしれません。






(本文中のクイズの答え Q1:①追及、②追求、③追究、④追給、Q2:①科する、②課する、③嫁する、④化する)




【※学問のミカタ】
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