2018年3月23日金曜日

【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その2・スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?)

2018.3.23 現代法学部学位記授与式

みなさんこんにちは。

一昨日の雪はびっくりしましたね。まだその影響が続いているのか、今日の天気はうす曇りでした。
桜もこんな感じ・・・
一番咲いている守衛所の横だと、「あ、沢山咲いているな」と思うのですが、真ん中あたりまで歩くと・・・

まだまだですね。

しかし、天気はさておき、桜はこの3年間の卒業式では一番咲いていたようです。
2015卒業式当日
2016卒業式当日

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
今日の「現代法学部学位記授与式」の写真は、別のブログにあげますね。

追記:あげました。
【ブログ記事へ】卒業式写真館2018

-------------------------------
さて、今日は【学問のミカタ】その2です。

前回のその1では、西下 彰俊先生の今までの研究について寄稿していただきました。今回は、それを掘り下げて、西下先生が20年間研究を続けている「スウェーデンの福祉政策」についてお話いただきます。

ではどうぞ~!

【前回のブログ記事へ】
 【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その1・プロローグ)

-------------------------------

常識を超えるためのメソッド
(その2・スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?

                                             現代法学部 西下彰俊


(1)スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?

まず、高負担かどうかについての常識的判断では、スウェーデンは高負担の国ということになります。しかし実証的にスウェーデンを研究してきた人間からすれば、迂闊にイエスとは言えないのです。


☆----☆

実は、スウェーデンにおいて個人の税負担は決して高くありません。消費税が25%と高率なのですが、食品は12%と軽減税率が設定されておりますし、新聞雑誌・コンサート・スタジアムなどの文化的活動は6%のみです。国に納める所得税は、労働者のなんと約80%がゼロなのです。2018年は年収約592万円以上の場合のみ20%の所得税を納めることになりますし、さらに年収が多い861万円以上の方は25%の所得税を支払うことになります。逆に地方自治体に納める住民税はかなりの高率になっています。住んでいる基礎自治体により若干の格差がありますが(税率の決定権が地方自治体にあるからです)、市民税と県民税の合計が約31%です。


他方日本は、国に支払う所得税の累進性が高く所得水準により5%から45%までの7段階で税金を納めるシステムです。地方自治体に支払う住民税は、一律10%です。内訳は、道府県民税が4%、市町村民税が6%です。こうしてみると、スウェーデンが高負担の国で、日本は低負担の国であると、決して安易に決め付けてはいけないことが分かります。常識を超えることが必要不可欠ですね。

☆----☆----☆


次に、高福祉に対する評価に移ります。常識的判断では、スウェーデンは高福祉の国ということになっていますね。社会サービス(社会福祉とは言いません)は、高齢者ケアだけではなく、障がい児者ケア、保育など範囲が広いです。私の専門である高齢者介護に限定して言えば、迂闊に高福祉とは言えない状況にあります。

急に専門的な話になって恐縮ですが、スウェーデンの社会サービスは行政処分としての措置制度に基づいており、高齢者ケアサービスを利用する時には、コミューン(市)に申込をして、職員である援助判定員による措置判断が必要となります。援助そのものが必要であるか、必要である場合その頻度をどうするかは、援助判定員がサービスの利用申請をした高齢者の自宅を訪問して判定します。

スウェーデンでは、高齢者ケアに関して「順序モデル」(筆者の造語です)が原則になっていると言って良いでしょう。同モデルの含意は、要介護高齢者は死に至る終末期(ターミナル)の段階までは在宅サービスを利用し、最重度の要介護状態になった段階で、援助判定員の判定により介護の付いた特別住宅という介護施設(日本の認知症グループホームの原型)に入居することができること、つまり在宅から施設へという順序が確定していることを示しています。

介護の付いた特別住宅のエントランス。全て個室です。 


 では何故、順序モデルの原則が存在するのでしょうか。表向きの理由は世界的な潮流であるAging in Place(生まれた場所で老後を過ごすという意味)を高齢者自身が望んでいるからということですが、高齢者ケアの責任主体であるコミューン側の本当の理由は、在宅介護を強化すれば、財政のコストカットができるからです。スウェーデンの2009年頃の資料によれば、介護施設のコストは在宅サービスの5倍ほどかかるとされていました(その後、この種のデータが公表されていないので、現在のコストの比較は困難です)。

基礎自治体であるコミューンは、様々な行政サービスを実施しなければならない中で、高齢者が介護施設に入居するのを可能な限り抑制することで、コストの節約をはかってきました。こうした抑制が全国に290箇所存在するコミューンで常に行われているために、スウェーデン全体の介護施設の入居者のための部屋数が徐々に減ってきています。スウェーデンは日本、韓国、台湾と違って急激な高齢化は予測されていないものの、緩やかな高齢化は今後とも続くわけですので、認知症高齢者や80歳以上の高齢者は当然増加していきます。要介護高齢者が増えるにもかかわらず、結果的に国全体で施設ケアが縮小しているというあり得ない現象が現実に生じています。


こうした抑制傾向は私だけが論文で指摘しているわけではなく、ストックホルムにあるAging Research Center(ストックホルム大学、カロリンスカ研究所との連携組織)のある研究員も同様の指摘をしています。二人で話し合っているのですが、今後の課題は、スウェーデンの高齢者ケアの問題点をただ指摘するだけではなく、全国的な抑制傾向をストップさせる「実現可能な政策をできる限り早く具体的に提言する」ことです。

ところで、2002年までは、コミューンが決めた在宅サービス利用時の料金表の金額に制限がなかったため、かなり高額の利用料を徴収するコミューンが存在しました。筆者が10のコミューンをランダムに選び、標準的な年金収入と在宅サービスの利用頻度を設定して2000年にシミュレーションした結果、約6倍の格差が見られました。当然ですがこうした弊害をスウェーデン政府も気づくところとなり、2002年に毎月の自己負担額の上限額を全国一律1,516クローナ(約19,700円)と定めようやく格差はほぼ解消されました。なお2018年のそれは、1,820クローナ(約23,700円)となっています。


昨年末開催の
<認知症と高齢者虐待に関する国際シンポジウム>



これら以外にも、スウェーデンの高齢者ケアシステムには、様々な問題点があります。詳しくは筆者が書いた『スウェーデンの高齢者ケア』(2007年、新評論)、『揺れるスウェーデン』(2012年、新評論)をご覧いただければ幸いです。以上述べてきた論点を少し確認しただけでも、スウェーデンが高福祉国家であるとは断定できない現実の姿を垣間見ることができました。

 実は、1998年にスウェーデンのリンショーピング大学テマ研究所の客員研究員として1年間留学するまで、筆者自身常識に囚われて、スウェーデンは理想的な高齢者福祉国家だと思っていました。しかし1年間スウェーデン各地のコミューンや大学や研究所でインタビューをする中で、また各地の高齢者介護施設を取材する中で、スウェーデンは高福祉の国であるという一般の常識に囚われてはいけないと痛切に感じました。確かに、スウェーデンという国は素晴らしい国の一つであり相対的には老後に安心して住むことができる心地の良い国です。しかしこのこととは別に、研究者としてスウェーデンの高齢者ケアシステムを「ありのまま」に、エビデンスを実証的に示しながら明らかにする責務があると感じています。

☆----☆----☆----☆

 もちろんスウェーデンには、日本の介護保険には存在しない優れたシステムやサービスがあります。私はスウェーデン批判論者ではないので、上記の単著には、スウェーデンの高齢者ケアの素晴らしいシステムやサービスを論じており、そうしたスウェーデンという国の高齢者介護政策の「光と影」を客観的に理解することが肝要だと思っています。

---------------------------
西下先生ありがとうございました!

いかがでしたか?スウェーデンの福祉に関して、自分が既に持っていた情報とちょっと違ったのでは??今まで思っていたことが覆ったのではないでしょうか?

さて次回は完結編、「常識を超えるためのメソッド(その3・韓国の高齢者福祉制度は日本よりも遅れていますでしょうか?)」です。お楽しみに!

ではまた次回~