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2019年5月8日水曜日

【学問のミカタ】タイでのボッタクリから法(契約)について考える

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の中川 純からお届けします。


1.タイという国
 タイは、「微笑みの国」といわれる。タイ人は、常に笑顔を絶やさず、ホスピタリティにあふれている。しかし、同時に「マイペンライ精神」と呼ばれる、南国らしい楽観的な国民性を持ち合わせている。「マイペンライ(ไม่เป็นไร)」とは、「大丈夫」、「問題ない」という意味だが、同時に自分のミスを棚上げするときに「仕方ない」、「運が悪かった」という意味でも使う。そういうと、タイにはいい加減で、怠惰な人しかいないような印象を受けるかもしれない。実はタイは、受験競争が激しく(その様子は、タイ映画「バッドジーニアス:危険な天才たち」をみて、確認してください)、特にエリートと女性は、非常によく働く。
笑顔、勤勉、いい加減が混とんと同居する国、それがタイである。




ピンクのブーゲンビリアに一気に南国気分! 











タイは仏教国。いたるところにお寺があります。




2.タイでボッタクリにあう

 数年前に、タイで開催される国際学会で報告する機会があった。場所はバンコク市の郊外で、地下鉄の終点からタクシーで移動しなければならなかった。地下鉄を降りたところで待っているタクシーに乗ろうとして、場所を告げたところ、気のよさそうな運転手が「300バーツ(約1050円)でどうだ」と申し出た。相場がわからないので、とりあえず運ちゃんに「OK」というと、笑顔で車を出してくれた。距離にして1015キロほどで、「タイのタクシーは安いな」と喜んでいた。ところが、帰りに別のタクシーに同じ地下鉄の駅に送ってもらったところ、料金メーターでの料金は、高速代込みで135バーツ(470円)。高速道路にも乗らず、下道で2倍以上の値段をふっかけられたことを、そのとき察知。ボッタクラれたといっても日本円で600円程度。大人なのに「セコイことをいうんじゃない」と叱られそうだが、金額よりもボラれたことがショックで、テンションがガタ落ちした。




タイのタクシー。ちゃんと”Taxi-Meter”と書いてある(このタクシーは本文とは関係がありません)。




タクシーのボッタクリはタイに限らず、どこにでもみられる。世界最大のプロレス団体WWEの元スーパースターのヨシタツ選手でさえ、アメリカで「遠征にいくときにはレンタカーを利用する。タクシーにボラれるから」といっていた。屈強なプロレスラーでさえぼったくられるんだから、貧弱そうな大学教授をボルなんてたわいもないことだろう。

 タイの物価は安い。クィッティアオ(タイ風ラーメン)が150バーツ(175円)くらい。ところが、恐ろしいもので、慣れてくると安さを感じなくなる。地方都市にいったとき、バイタク(バイクタクシー)を利用することになった。バイタクは料金メーターがないので交渉制。2キロくらい離れたところに調査にいくために利用しようとしたところ、運転手が「60バーツ(210円)どうだ」と申し出た。「だまされないぞ」とこちらは「50バーツ(175円)だ」といったところ、「ダメ」との返事。「60バーツなんて高い!もったいない!」と思わず、その道のりを歩きだしそうになった。冷静になって考えたら差額はわずか10バーツ(35円)。その金額のために、気温30度以上の炎天下の中、スーツを着て、2キロの道のりを歩いて、汗だくになるのは、すごくバカげていることにようやく気づく。結局、その運転手に頼んで、バイタクを利用。後から聞いたら、バイタクの値段も適正価格だった。「羹に懲りてなますを吹く」。バイタクのお兄さんを信じなかったことを激しく反省する。


バイクタクシー。背番号がついたオレンジのビブスが目印
(このバイタクは本文とは関係がありません)。



3.ボッタクリにあって考える

 タイでの経験から2つのことを考えた。1つは、なぜボッタクレれたかだ。「それは、あなたが貧弱だからですよ」といわれそうだが、プロレスラーでもボラれるそうである。だとすれば、あまり関係はなさそうだ。ボラれた理由は、情報の不均衡にある。タイにはじめて行って、タクシーを利用する日本人は、地理もわからないし、タクシー料金の相場もわからない(ついでにいえば、料金メーターがあるのに料金交渉してくることも普通と思ってしまっていた)。つまり、「この距離なら、これくらいの値段」ということがまったくつかめていない。相場がわからないから、値段交渉のしようがない。だから言い値で承諾してしまう。以前「紛争処理」の技法について勉強したときに、「交渉の勝ち負けは情報量で決まる」と習ったが、それを、身をもって経験させられた気がした。
 もう1つは、合意することの恐ろしさだ。授業で契約のことを教えるときに、「申込み」とそれに対する「承諾」により成立する合意(契約)は、理性的な個人によってなされたのであれば、両者を拘束すると説明する。しかし、たとえ契約当事者が理性的であっても、情報が不均衡な状態では理性的な判断ができないのに、承諾すればそれに効力が与えられる可能性がある(ただし、おそらくタイでもタクシー会社的には料金メーターを使わないのは規則違反だと思われます。また、メーター不使用はもしかすると違法の可能性もあります)。この状況での合意が相場的に正しいか否かはギャンブルで勝つ確率に等しい。うまくいくかどうかをダイスに委ねるようなものだ。海外旅行ではこの危険に常につきまとわれることとなる。



クィッティアオ(タイ風ラーメン)。「タクシーが近くを走ってて、危ないな」と思ったら、テーブルのほうが道路の上でした(汗)。




4.おわりに

大人の日本人であっても、はじめて訪れた外国では、情報量でみれば赤ちゃんに等しい。いとも簡単にボラれてしまう。ボラれないためには、事前に適正な情報を得て、さらに合意の際には慎重になることが必要である。これは、ボッタクリ防止だけではなく、普段の生活の中で交渉、契約するときにも必要なことかもしれない。日本に住んでいても常に情報を得ること、慎重な判断をおこなうことをこころがけることが必要だろう。

2019年3月13日水曜日

【学問のミカタ】旅先で見つける海外法律事情

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の永下 泰之からお届けします。


今回、永下は出張でシアトルに行き、ワシントン大学ロースクールを訪問しました(研究調査のためです)。


University of Washington, School of Law(ワシントン大学ロースクール)

ワシントン大学は、ワシントン州シアトル市にある州立大学です(ワシントン州には、ワシントン州立大学(Washington State University)という州立大学もありますが、別物です)。州立大学のトップ校群(いわゆる「パブリック・アイビー」)の一つである、非常に著名な大学です。非常に広大なキャンパスで(所有総面積は約200万平方フィートもあるそうです。)、また非常に美しい大学でもあります。







さて、本題に戻りましょう。

1.シアトルたばこ事情
大学の周囲を散策していると、写真のようなサインをしばしば見かけます。
  



 東京オリンピックをひかえて、東京都では「受動喫煙防止条例」が成立しました。同条例は、受動喫煙を防止するために、敷地内を禁煙とし(屋外喫煙所の設置も不可)、原則として屋内禁煙(ただし、専用喫煙室の設置は可)とするものです。
ワシントン州でも同様の条例があり、レストラン、バー、飲み屋、ボウリング場、野球場を含む公共の建物や職場は、全面禁煙となっています。しかし、東京都とは若干異なった規定も設けられています。ワシントン州の条例には次のような規定があります。

Smoking prohibited within twenty-five feet of public places or places of employment—Application to modify presumptively reasonable minimum distance.


上記規定により、建物の出入り口・窓・換気口から25フィート(約7.5メートル)以内も禁煙となっています。上の写真はバス停ですが、バス停も「公共の建物(public place)」に該当するため、25フィート以内禁煙のサインが設置されているわけです。そのためか、日本のコンビニでよく見られるような灰皿などは一切ありません(日本ではセブン・イレブンが灰皿の撤去に向けて動き出しています)。25フィートといえば約7.5メートルですので、かなりの範囲をカバーすることになるため、町中は事実上禁煙となっています(とはいえ、シアトルの道路は広いのでカバーされない範囲も多くありますし、歩きタバコ自体を禁止する条例はありませんので、それほど多くはありませんが、ちらほら見かけます)。ちなみに、同条例に違反すると、100ドルの罰金が課されます。

このように、受動喫煙に関する規定をみても、考え方の違いがあり、法律を研究する者としては、非常に興味深いものです。海外旅行に行かれる際には、こうした条例などにも関心を持ってみてはいかがでしょうか?むしろ、条例を知らないと上述のように罰金が課されるおそれがありますので、ぜひ調べてみてください。



2.シアトル最低賃金
現在、アメリカは生活費が高騰しており、シアトルも例外ではありません。シアトルの住宅価格(中央値)は、753,600ドル(約8,400万円)となっており、全米でも3番めに高いそうです(とても筆者には購入できません)。また、家賃も高額です。シアトルのアパートで1ベッドルームを借りると、(中央値で)1,650ドル(約18万円)かかります。
このように、シアトルで生活するには、住宅費だけで莫大な費用がかかります。

そこで、最低賃金が問題になります。
東京都の現在(2019年)の最低賃金は、時間額985円です。
では、シアトルはどうでしょうか。日本とは条件が異なりますので、軽々に比較することはできませんが、次のようになっています。

・従業員数501人以上の企業
時間額16ドル(約1,800円)

・従業員数500人以下の企業
時間額15ドル(約1,700円)。ただし、個々の従業員の医療給付制度に最低3ドル拠出し、さらに/または従業員がチップで1時間あたり最低3ドルを得る場合、最低賃金は時間額12ドル(約1,300円)。したがって、事実上最低賃金は15ドル(約1,700円)。

業種・従業員数にもよりますが、東京都と比べると、約1.6倍以上です。非常に高額だと思われるかも知れませんが、先に見た住宅事情等に鑑みると、シアトルではそれほど高額だとはいえません(ちなみにシアトルでは住宅費のほかの生活費も比較的高額です。)

こうした最低賃金からもわかるように、現在、日本は相対的に所得が低く抑えられています。海外旅行をしたことのある方はわかると思いますが、現在の状況で、日本で所得を得ている人がシアトル等の都市に行くと、多くの者が現地では「相対的貧困」層に該当します(筆者も実感しました。お金が飛ぶように消えていきます)。

日本国内では、現在、「相対的貧困」が問題となっています。わずか1週間の滞在でしたが、自分がその立場になってみて、実感し、見えてくるものもありました。今回の出張は、研究以外にも、色々と知ることができ、有意義なものであったと思います。

みなさんも、法律問題を通じて、社会を観察してみてはいかがでしょうか?


3月の【学問のミカタ】
・経済学部「東京一極集中とは
・経営学部「
ピークですね (T_T) 
・コミュニケーション学部「「コミュニケーション学」の海へ漕ぎだすために
・キャリアデザインプログラム「ジョブシャドウイングは「観察学習」のキャリア教育プログラム
・全学共通教育センター「論文執筆と翻訳と

2019年1月18日金曜日

【学問のミカタ】法の学び方-アイラック

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の桜井 健夫からお届けします。



1 アイラック
アイラック? ライラックは紫の花、アイライクは like”。これらと違ってアイラックは単語やその集まりでなく、4つの単語、Issue(問題), Rules(法規範), Application(適用), Conclusion(結論)の頭文字。ある問題について、関連する法規範を頭に浮かべ、それを解釈して問題の事実に具体的に当てはめて適用し、結論を出すという一連の手順です。問題に向ってから結論に至るまでに、法規範、適用をはさんで分けて考えるという合理的なステップを踏みます。

ssue(問題)・・・・どんな問題なのか? 
ules(法規範)・・・それに関連する法規範はどうなっているか?
pplication(適用)・ その法規範に問題の事実を当てはめて適用すると? 
onclusion(結論)・ それで結論はどうなるか?


IRACは法律を使う際の基本であり、法律実務家教育を行う法科大学院では真っ先に学びます。最近では大学においてもこれを学ぶようになってきており、昨年、現代法学部の新入生もIRACを学びました。ここではそれをさらに分かりやすく紹介します。その授業を受けた学生の皆さんも、これを読むとさらによく分かります。


2 設 例 

個人情報のケース  
1 問題(Issue
  自分の名前で検索すると10年以上前の破産の事実が書かれたサイトが
  検索結果に表示されるので、表示されないようにしてほしい。
○山△男         検索
    ・○山△男のサイト
    ・□市×町の○山△男 
    ・○山△男、破産! 
     ・・・・・・・


2 法規範(Rules
  憲法13条を根拠に、個人情報を公開されない権利(プライバシー権)があるとされる。さらに、EUデータ保護規則17条に規定されるような「忘れられる権利」もあるかが問題であり、最高裁3小決平成29・1・31は、検索結果の抹消を求めたケースについて、「忘れられる権利」については明言しないまま、表現の自由とのバランスを意識して、①当該事実を公表されない法的利益と②当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して、②より①が明らかに優越する場合には、削除が認められるべきであるという一般的判断基準を定立した。法規範には、○○法○条というものばかりではなく、最高裁判例や決定例が述べる一般的判断基準も含まれ、本件ではこの決定例の一般的判断基準が法規範と位置付けられる。
なお、憲法のほか、関連法として民法や個人情報保護法も想起される。しかし、民法ではプライバシー侵害の不法行為が考えられるものの、不法行為では損害賠償請求はできるが削除請求はできないし、名誉棄損の不法行為を考えても、リンクの削除が名誉を回復するのに適当な処分に当たるとは言い難いので、民法には削除請求のぴったりとした根拠となる規定がない。また、個人情報保護法には削除請求権は規定されておらず、根拠となりうる規定はない。


3 適用(Application
  憲法を根拠とする上記決定の一般的判断基準に、本件の具体的事実を当てはめる。①10年以上前の破産の事実が不特定の人に知られることを防げる法的利益、②この事実を検索結果の形で広く伝えることの社会的意義、公共性などを対比する。
上記最高裁決定で問題とされた「児童買春をしたとの疑いで逮捕された事実」という犯罪に関する情報と比較すると、本件で問題となる「過去に破産した事実」は、経済的マイナス情報に過ぎず、かつ10年以上前のことなので、検索結果の形で広く伝えることの社会的意義、公共性はそれほどない。他方、10年以上前とはいえ破産の事実は本人の経済活動にとっては障害となるものであり、破産法の制度趣旨からしてもやり直しの機会を妨害すべきではなく、①が②に明らかに優越すると考えられる。

4 結論(Conclusion
  したがって、リンクの削除は認められるべきである。

 



3 特に「適用((Application)」について
IRACのうち一番難しいのはA、つまり「適用」です。このケースでは、最高裁平成29年1月31日決定(以下平成29年最高裁決定といいます)が示した基準をルールとして位置付け、それに問題となっている具体的事実を当てはめています。

      





最高裁決定が示した基準では、利益衡量をすることになります。利益衡量とは、対立する利益を秤にかけることです。ここでは、上記①と②が秤にかけられます。そして、①が②に明らかに優越するか、つまり、①の方に秤がはっきりと傾くかを見ます。それは恣意(しい)的(思いつくまま)に、あるいは直感的に行われるものではありません。利益衡量をするには、それぞれの「重さ」を何らかの形で比較可能にする必要があるます。そのためには、検索結果表示の評価、過去に破産した事実の評価を検討する必要があります。

4 検索結果表示にはどんな意味がある?

まず、表示される立場から検索結果表示の評価を考えます。
少し前までは、過去は消えました。悪いウワサや恥ずかしい失敗も、季節がたてば世間は忘れるし(「人のうわさも75日」)、本人も忘れます。だから人生はやり直しができると言われます。

ところが昨今は、過去が消えない時代となっています。過去の個人データが集積されてAIにより解析(プロファイリング)され、個別化広告が向けられます。グーグル、アマゾン、フェイスブック、アップルなどはそれを行う代表的な主体です(「『グーグルのサーバーからデータが削除されることはありません』完全削除指示しない限り、残り続ける。」2018716日経新聞)。

さらに、過去が消えないだけでなく、未来も作られる時代になりつつあります。たとえば、アマゾンは、基礎データとして1. 顧客の注文実績/2. 商品検索、キーワード検索の実績/3. 希望リストの分析/4. ショッピングカートの内容物の履歴/5. キャンセル実績、返品実績/6. 特定の商品に顧客のマウスカーソルがとどまった時間を収集し、AI分析をしたうえ、個別化広告をし、さらに予測配達をしようとしています。5年以上前の201312月に米国内で取得した「予測的な配送システム」の特許(下図)は、顧客が注文する前に、予測に基づいて品物を出荷し、注文を行った時点で、すでに最寄りの拠点まで商品を配送している、というシステムです。こうなると、その注文は自分で決めたのか、決めさせられたのか、分からなくなります。

  

検索結果表示にはこれらと似た問題があります。ここでも、自分の過去は消えません。そして、自分の過去を知っている検索エンジンが、検索結果としてそれを表示し続けることによって、自分の未来が影響を受け続けることになります。

 次に、検索表示を提供する立場から検索結果表示の評価を考えると、「検索結果の提供は検索事業者自身による表現行為という側面を有する」(平成29年最高裁決定)と言えます。

最後に、検索する立場から見ると、「検索事業者による検索結果の提供は、公衆が、インターネット上に情報を発信したり、インターネット上の膨大な量の情報の中から必要なものを入手したりすることを支援するものであり、現代社会においてインターネット上の情報流通の基盤として大きな役割を果たしている」(平成29年最高裁決定)といえます。ただし、注意しなければならないのは、検索結果は、パーソナライズされているので人によって異なることです。同じ言葉を入れて検索しても、その人の地域、関心、傾向の相違に合わせて検索結果も異なるので、情報流通の基盤として果たす役割もその程度と位置付けることになります。ネット情報の提供方法は、場合によっては、米国大統領選挙やBrexitをもたらした英国の国民投票の例のように、民衆分断や思想操作の道具にもなりえます。

5 過去の破産の事実にはどんな意味がある?
個人破産の制度は、債務の返済が困難になった人について、非難したり罰したりする制度ではなく、財産の限りで債権者に配当することを条件に残った債務を払わなくてよいことにし(免責制度)、ゼロ(マイナスのない状態)からのスタートを可能にすることで、破産者の経済的再生をさせようとする制度です。破産・免責により復権し、資格制限(弁護士、ガードマンになれないなど)もなくなります。免責不許可でも破産から10年経過すれば復権し(破2555号)経済的再生への道がつくられています。

破産者の経済的再生は、破産者自身のためのみではなく、その家族や社会全体にとっても意味があります。たとえば、多重債務者が立ち直れないと治安が悪化します。免責制度や復権制度を含む破産制度は、経済社会から一旦はみ出した破産者を一定の要件のもとに経済社会に復帰させる制度です。破産したという事実は、それが10年以上前であっても、その人と取引をしようとする業者にとっては意味のある情報ですが、その人の経済社会への復帰にとっては有害であり、特に破産制度の趣旨からすると、広く知らせるべき公益性のある情報とは言えないと考えられます。

6 法の適用の結果
検索結果表示と破産の事実についてこのように検討した結果、設例では、破産は「経済的マイナス情報に過ぎず、かつ、10年以上前のことなので、破産法の制度趣旨からしてもやり直しの機会が確保されるべきであり、①が②に明らかに優越すると考えられる。」としました。

7 平成29年最高裁決定を見てみましょう 
平成29年最高裁決定はIRACで書かれています。同決定が定立した一般的判断基準(R)とそれへの事実の適用(A)を原文で見てみましょう。結論としては、削除請求を否定しています。緻密な利益衡量をしていますので、そこに注目してください。

R【一般的判断基準】
検索事業者が、ある者に関する条件による検索の求めに応じ、その者のプライバシーに属する事実を含む記事等が掲載されたウェブサイトのURL等情報が提供されることによってその者のプライバシーに属する事実が伝達される範囲とその者が被る具体的被害の程度、その者の社会的地位や影響力、上記記事等の目的や意義、上記記事等が掲載された時の社会的状況とその後の変化、上記記事等において当該事実を記載する必要性など、当該事実を公表されない法的利益と当該URL等情報を検索結果として提供する理由に関する諸事情を比較衡量して判断すべきもので、その結果、当該事実を公表されない法的利益が優越することが明らかな場合には、検索事業者に対し、当該URL等情報を検索結果から削除することを求めることができるものと解するのが相当である。


A【具体的当てはめ(適用)】
児童買春をしたとの被疑事実に基づき逮捕されたという本件事実は、他人にみだりに知られたくない抗告人のプライバシーに属する事実であるものではあるが、児童買春が児童に対する性的搾取及び性的虐待と位置づけられており、社会的に強い非難の対象とされ、罰則を持って禁止されていることに照らし、今なお公共の利害に関する事項であるといえる。また、本件検索結果は抗告人の居住する県の名称及び抗告人の氏名を条件とした場合の検索結果の一部であることなどからすると、本件事実が伝達される範囲はある程度限られたものであるといえる。
 以上の諸事情に照らすと、抗告人が妻子とともに生活し、…の罰金刑に処せられた後は一定期間犯罪を犯すことなく民間企業で稼働していることがうかがわれるなどの事情を考慮しても、本件事実を公表されない法的利益が優越することが明らかであるとはいえない。


                                    



1月の【学問のミカタ】
・経済学部「きのこたけのこ戦争と巨大IT企業の違い
・経営学部「山本聡ゼミ、最優秀賞への道!!:なぜ、山本聡ゼミは学外コンテストに参加し続けたのか?
・コミュニケーション学部「学校スポーツのあり方について考える
・全学共通教育センター「目隠しと「ルサンチマン」」 

2018年9月18日火曜日

【学問のミカタ】「なので」のなやみ

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の田邉 真敏からお届けします。



「物理学や経済学が数式やグラフで相手を納得させる学問であるのに対し、法律学では文章を用いてそれを行います。したがってみなさんは正しい日本語、論理的な文章の使い手にならなければなりません。」

 現代法学部1年生1学期の「大学入門」授業で学生たちに伝えているメッセージです。まずは正しい漢字を書くこと。ところがマークシートとスマホに慣れ親しみ、自分の手で字を書く機会が減っている今の生徒・学生にとっては、これが結構なハードルになっているようです。小手試しに、このブログを読んでいただいているみなさんは次のQ1Q2のカタカナの箇所を漢字で書き分けられますか。選択肢は、法律学を学ぶ過程で実際に出てくるような用例としました(答えはこのブログの最後)。


 Q1
  ①責任をツイキュウする
  ②利潤をツイキュウする
  ③学問をツイキュウする
  ④賃金の不足分をツイキュウする

 Q2
  ①実刑をカする
  ②重税をカする
  ③責任をカする
  ④廃墟とカする


 ここまではイントロで、論理的な文章を書くための重要なポイントはその先にあります。ここでは紙幅(パソコンなので「画幅」と言うべき?)の制約があり、そのすべてを説明することができませんので、1つだけ「接続詞を的確に使う」という点をあげておきましょう。野矢茂樹著『新版 論理トレーニング』(産業図書・2006)に次のような記述があります。

「論理とは言葉と言葉の関係をとらえる力である。だとすれば、そうした関係を示す言葉、主張と主張をつなぐ言葉を見直すことからはじめるべきだろう。つまり、接続詞、あるいはよりひろく接続助詞や副詞なども含んだ接続表現一般を見直し、その力をきちんと見積もるところからトレーニングを開始すべきである。」(13頁)

というわけで、私が担当している「大学入門」授業のクラスでは、「論理的な日本語の使い手になろう」を目標に接続詞の使い方から確認してゆきます。


 接続表現は、①付加、②理由、③例示、④転換、⑤解説、⑥帰結、⑦補足の7種類に分類することができます。このうち答案やレポートの結論部分で登場するのは、⑥帰結の接続表現です。結論を示す段落の冒頭で、「したがって」「要するに」「ゆえに」といった表現で読み手に「いよいよ結論を言いますよ」と合図を出す役割を担うのが帰結の接続詞です。このように接続詞は論理の動きを読者に示す「ベクトル」の役割を果たします。論理性を重んじる法律学の文章では、この「ベクトル」を適切に用いることが求められるわけです。法律学の論述試験答案を採点するときは、一言一句読む前に各段落の冒頭を目で追って接続表現をチェックすれば、その答案の出来具合はだいたい判定できてしまいます。接続詞の役割はそれだけ大きいということです。


 さて、帰結の接続詞に関してここ何年か採点者を悩ませる状況が発生しています。それは「なので」という言葉です。学生の答案やレポートを採点していると、しばしば次のような表現に出会います。

「・・・車の運転中に脇見をして注意を怠っていたAには過失がある。なのでAは本件交通事故の被害者Bに対して損害賠償責任を負う。」


 このような文頭に来ている「なので」について、これまで学生には次のように説明してきました。

「『なので』は接続詞ではありませんから、文の頭に置くことはできません。『今日は雨降りなので一日中家にいよう』といったように、文の途中でその前後をつなぐのが役目です。自分で辞書を引いて確認してみましょう。」

例えば、『大辞泉 第2版』(小学館・2012)では「なので」を次のように説明しています。

「〔連語〕《断定の助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形活用語尾+接続助詞「ので」》・・・だから。・・・であるから。『かぜ——学校を休んだ』『故障の原因が明らか——すぐに直せます』」

『広辞苑 第6版』(岩波書店・2008)ではそもそも見出し語にあげられていません。独立した語釈を示すには及ばない(つまり接続詞でない)ということなのでしょう。


 しかし、文の頭に来る「なので」は答案・レポート中で年々増殖する傾向にあるばかりか、最近ではNHKのアナウンサーが番組の中で使うのを耳にするようになり、そこでNHK放送文化研究所のホームページを調べてみました。すると次のような解説が目にとまりました。

「『なので』には2種類あり、『退屈ナノデ出かけてきます』のように1つの文の中で使われるもの(『文中ナノデ』)と、『退屈です。ナノデ出かけてきます』のように前の文を受けて次の文の頭で使われるもの(『文頭ナノデ』)とがあります。このうち『文頭ナノデ』は、使われ始めてからの歴史が浅く、違和感を覚える人もいます。」(中略)
「『文頭ナノデ』がどのように受け止められているのかをめぐって、NHK放送文化研究所ではウェブ上でアンケートをおこないました(1,339人回答)。『その日は仕事が休みでした。なので、いつもよりゆっくりと寝ていました。』の『なので』について意見を尋ねてみたところ、若い年代になるほど『自分で言うことがある』という人が多くなっている一方で、中高年層では『この言い方には問題がある』と考える人も多いという傾向が見られました。なので、使い方にはくれぐれも注意してください。」(NHK放送文化研究所ホームページ「最近気になる放送用語」より引用)


 この解説の最後の文からすると、どうやらNHKも「文頭ナノデ」を完全には否定していないようです。NHKアンケートでは、30代以下の世代は「文頭ナノデ」を使う人が過半数を占めているのに対し、40代以上の過半数は「文頭ナノデ」には問題があると考えているというデータが示されています。それを踏まえて「使い方にはくれぐれも注意してください」と締めくくっていることから、少なくとも試験やレポートのようなフォーマルな場面では「使うべきではない」と言ってよいでしょう。


 ここまで確認して一息いれようとしたところで、パソコンの画面をよく見るとこのアンケートが「2008年」に実施されていることに気がつきました。それから10年。ということは、「文頭ナノデ」を問題だと考えているのは50代以上の少数派になりつつあるわけです。まさに自分はその少数派に属しています。




今年10年ぶりに改訂された『広辞苑 第7版』(岩波書店)。
         刊行直後に「LGBT」と「しまなみ海道」の解説文に誤りが判明し話題となった。



 そこで次に、今年発行された『広辞苑 第7版』(岩波書店・2018)を調べてみました。なんと、第6版では掲載がなかった「なので」が接続詞として見出し語に登場しているではありませんか。用例は記されていませんが、別冊付録に次のような説明があります。

「『なので』はもともと『断定の助動詞連体形(な)+準体助詞(の)+断定の助動詞連用形(で)』という構成で、『給料日直前なので、お金がない』のように前文末に付くのが普通であった。最近では『給料日直前だ。なので、お金がない』のように接続詞として使用されることも増えてきている。」(208頁-209頁)


 辞書本体で用例を示さずに別冊で説明しているところを見ると、「文頭ナノデ」を認めるかどうか編集段階でかなりの議論があったことが推測されます。このほかの辞書では、『デジタル大辞泉』が「[補説]近年、主に話し言葉で、順接の接続詞のように用いられることがある」、また『新明解国語辞典 第7版』が「〔口語的表現〕『外で食事は済ませてきた。なので今は何も欲しくない』」といったように、あくまで口語表現として認知しているのが現状のようです。NHK放送文化研究所も、「『文頭ナノデ』は、『だから』と言ってしまうとややぞんざいだけれども、『ですから』『そのため』ではやや堅苦しすぎる、というような中間的な場面(例えば比較的うちとけた間柄の上司に対してなど)でよく使われているようです」としています。ちなみに、この文章を書くのに使っているMicrosoft Office Word 2016では、「文頭ナノデ」に校正要を意味する赤の波形下線が表示されます。




「口語的表現」としつつ「文頭ナノデ」を接続詞とする『新明解国語辞典 第7版』



 というわけで、引き続き学生には、試験やレポートで「文頭ナノデ」を使ってはいけないと指導してよさそうです。なお、就活生にマナーなどをアドバイスしている各種のwebサイトでは、「文頭ナノデ」はくだけた表現になるので、ビジネスの場面(当然それには面接の志望理由書が含まれます)では使わないようにと注意喚起しています。


 試験やレポートでは正しい日本語を用いた論理的な表現が求められる一方、言葉は生きものであり時代とともに変化します。皆が間違った使い方をすれば、それが正しい使い方になってゆきます。古文と現代文で意味の違う単語の多くはおそらくそうでありましょう。「文頭ナノデ」も、次の「戌年」の頃にはもしかしたら答案や履歴書で使える言葉になっているのかもしれません。






(本文中のクイズの答え Q1:①追及、②追求、③追究、④追給、Q2:①科する、②課する、③嫁する、④化する)




【※学問のミカタ】
東京経済大学では、各学部で高校生向けに分かり易く専門分野の教員がブログを公開しています。是非、お立ちよりください。

経済学部ブログ「
η > δ:習慣は目先にまさる
経営学部ブログ「甘酒ブームの加速を阻むもの・・・ 
コミュニケーション学部ブログ「アスリートは勝負をどう学ぶのか
キャリアデザインプログラムブログ「就職活動ではなく「入社活動」を!
センター日記「教員の「夏休み


2018年7月9日月曜日

【学問のミカタ】裁判員って何をするの?

今回の【学問のミカタ】ブログは、現代法学部の高平奇恵からお届けします。

 「呼出状」は突然やってくる

 裁判員制度とは、国民が、裁判員として刑事裁判に参加し、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決める制度です。
 裁判員の候補者は、選挙人名簿からくじで選ばれます。ですから、選挙権のある人には、ある日突然、裁判所から呼出状が来るかもしれません。
 呼び出された裁判員候補者は、裁判所で質問を受けるなどし(選任手続)、裁判員が決まります。
裁判員裁判は、殺人や傷害致死、強盗致傷などの重大な事件を対象としています。もしかしたら、この記事を読んでいる人の中には、そんな事件の裁判員をするのは怖いな、とか、本当に自分にできるのかな、と思う人もいるかもしれません。
でも、そんな風に思ってくれる人に、裁判員になってもらうことが、この制度の重要な意義のひとつだと考えています。なぜなら、人を裁くことへの恐れがなければ、適切な判断はできないからです。












私の弁護士バッジです。外側は金メッキなのですが、剥げて銀色になってきています。
新人だと思われないように、わざとメッキを剥がす人もいるんですよ。



裁判員制度の特徴

 裁判員制度が始まったのは、2009年です。実は、比較的新しい制度です。裁判員制度の特徴は、国民の中から選ばれた裁判員が、法律の専門家である裁判官と一緒に被告人が有罪か無罪か、有罪の場合にはどのくらいの刑にするのかを決めることにあります。裁判官は法律の専門家ですが、裁判員と裁判官は判断者として対等の立場です。裁判員が裁判官と一緒に刑事裁判の手続に関与することは司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する、というのが法律に書かれている裁判員制度の意義です。
 司法に対する国民の理解の増進や信頼の向上は、もちろんとても大切です。しかし、それにとどまらない重要な意味が、裁判員制度にはあると考えられます。
 それは、いろいろな意見が、裁判に反映されることです。様々な経験や知識を持った裁判員が意見交換をすれば、より慎重で、そして質の高い判断につながるのではないでしょうか。刑事裁判は、人が罪を犯したのかどうか、犯したとすればどのくらいの刑にするのかを決めるものです。裁判の結果は、その人の自由や、場合によっては生命を奪うという重大な結果をもたらすものです。裁判が間違うことができるだけ少なくなるよう、裁判員になった人には、この社会の一員として、ひとつひとつの事件に真剣に向き合い、議論することが求められているのです。
 










裁判員裁判の導入をきっかけに、法廷弁護技術の研究が進んでいます。





刑事裁判の原則

 皆さんは、事件で誰かが逮捕されたという報道に接したとき「犯人が捕まったんだな」と思ってしまっていませんか?逮捕された段階ではまだ「被疑者」疑いをかけられている人にすぎません。その人が、疑われている犯罪を実行したのかどうかは、裁判で認定されることになります。
 逮捕された時点で、その人を「犯人」だと思ってしまう、そう扱ってしまうことはとても危険です。捕まった人が犯人だという前提でいろいろな事実を見てしまうと、誤った判断につながる可能性が高まります。そして、本当は犯人でない人が有罪にされれば、その人の人生は大変な影響を受けます。死刑の場合には命が奪われてしまいます。また、真犯人が罪を免れることにもなります。冤罪は、とても深刻な結果をもたらすのです。
 このような冤罪の発生を防ぐために、刑事裁判には多くの重要な原則があります。ここで、ふたつほどご紹介します。まず、検察官が被告人の有罪を証明する責任を負うこと、すなわち、検察官が被告人が有罪であることを証明できない場合には、無罪の判断がなされるということです。そして、検察官は被告人が有罪であることについて「合理的な疑いを容れない程度の立証」をしなければなりません。裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことでは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければならないのです。
 もし、皆さんに呼出状が来て、裁判員になる機会が訪れたら、是非裁判員になってみてください。そして、刑事裁判の原則を踏まえつつ、精いっぱい事件に向き合い、意見を交換し、結論を導いてほしいと思います。






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