2015年6月29日月曜日

【学問のミカタ】ちょっと借りよう!
~とある雨の日の、傘事件~

20150627 夕焼け

皆さんこんにちは。

今日は【学問のミカタ】シリーズです。テーマは「梅雨」。

【 学問のミカタ:テーマ『梅雨』】

「法学部」で「梅雨」ってどんな記事になるのかな?と楽しみにしていたところ、中村 悠人先生が、雨の日に起こりそうな、「傘」にまつわるとある事件を想定して記事を書いてくださいました。ではどうぞ!

【過去の記事へ】「刑法」ってどう学んでいけばいいの?~若手教員中村 悠人先生に聞く~

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刑事法基礎2014

梅雨。雨がしとしと、時にはざあざあと降り、天気もさえない五月雨の季節である。

室内から眺める雨は好きだけれど、雨の中外に出るのは億劫だ、そんな人もいるだろう。ちょっとコンビニまで行くくらいだから大丈夫だろうとたかを括っていると、雨に降られた経験をした人はいるだろうか。もしくは、きちんと傘を持って出かけたのに、傘立てに置いていた傘が誰かに持って行かれた、こんな経験をした人もいるかもしれない。
今回は、こんな梅雨の時期に起こりそうな事例から、法学(特に刑法)に触れていきたい。


Hさんは10年来の友人Kさんと映画を見に行こうと約束し、Kさんの家に11時に集合することにした。ところが、Kさんは病気で倒れたバイト仲間の代わりで仕事をすることになった。Hさんが11時にKさんの家に着いたとき、「ごめん!!急なバイトで遅れる。1230分には家に帰れると思う。」とメールが来た。Hさんは、仕方なく近くの喫茶店で時間をつぶすことにした。けれども、喫茶店に向かおうとしたら、雨が降り出してしまった。傘を忘れたHさんが、さてどうするかと考えていると、Kさんの玄関前の傘立てに傘が置いてあるのを見つけた。Hさんは、「今バイト中だろうし、いちいち言わないでも貸してくれるだろう」と考え、Kさんに無断で傘を持ち出し、喫茶店に向かった。

このHさんは、実際にKさんに傘を貸してくれと頼み、OKをもらっているわけではない。それでは、このような無断での傘の持ち出しは、窃盗罪になってしまうのであろうか。これを考えるために、まず、実際に本人に断りを入れて同意を得ていた場合を考えてみよう。

HさんがKさんから傘を使用する同意を得ていた場合、一般にはHさんがKさんの傘を利用しても窃盗罪にはならないとされている。何故なら、窃盗罪が成立するには、持ち主(占有者)の意思に反して、財物に対するその占有を排除し、その財物を自己の占有下に移すという「窃取」行為がなければならないとされるからである。同意を得ている場合、占有者の意思に反してはいないので、そもそも「窃取」ではないとされるのである。

 この①の事例では、現実に相手Kさんの同意を得ていないので、「窃取」には当てはまってしまいそうである。では窃盗罪であろうか?ところが、HさんとKさんは10年来の友人であって、Hさんは「いちいち言わないでも貸してくれるだろう」と考えていた。つまり、Kさんが仮に事情を知っていたなら同意したであろう、という余地がある。
このように、現実には同意をしていないが、仮に被害者が事情を知っていたなら、同意をしただろうという場合には、犯罪が成立しないことがある。これを推定的同意という。(一般には正当化事由とされる)

 この推定的同意は、他にも、救急患者として病院に担ぎ込まれた交通事故の被害者が意識を失っていたが、生命を救うために応急措置として手を切断する必要があった場合のときも問題となる。

 ところで、①ではHさんとKさんの関係から、推定的同意が認められそうだが、これが認められなかった場合には、やはり窃盗罪になってしまうのかHさんはKさんの傘を借りたわけであって、自分の物にしようとしわたけではない。これを、次の②の事例とあわせて考えてみよう。

Aさんは雨の中コンビニにお菓子を買いに来た。お目当てのお菓子を見つけてほくほく顔で帰ろうとすると、傘立てに置いた傘がない。Aさんがコンビニに入ってすぐ後に、傘を忘れたTさんがその傘を借りて自宅まで帰ってしまったのであった。Tさんは10分後に、自分の傘をさしてAさんの傘をコンビニの傘立てに返しに来た。しょんぼりしながら、傘を新しく買うか買うまいか悩んでいたAさんは、傘立てに自分の傘を見つけ、無事に帰宅した。

 この事例のTさんは、他人の傘を一時的に借りて、自身の傘をとりに行き、その後すぐに傘を返している。そのため、TさんにはAさんの傘を自分の物にするつもりはなく、あくまで一時的に(勝手に)使わせてもらったというわけである。
このような無断の一時使用の場合、窃盗罪の成立が否定されることがある。一般に、窃盗罪が成立するには、他人の占有する財物を奪う(そしてそのことを分かっている)だけでは足りず、他人の所有物を勝手にわが物にする意思も必要とされている(これを不法領得の意思と言う)。

 この不法領得の意思は、一般に、権利者を排除して他人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従いこれを利用もしくは処分する意思とされている。後で返還するつもりで傘を一時的に無断で借りる場合は、あくまで借りただけであり、権利者を排除して自分のものにする意思はないとされるのである。
そのため、①のHも②のTも、この不法領得の意思が認められず、窃盗罪にはならないと言えそうである。

 ところで、どんなものでも「一時的に借りただけだから」として窃盗罪が否定されるわけではない。裁判例では、娯楽等の目的で他人の自動車を4時間あまり乗りまわした場合や、盗品の運送に使用する目的で他人の自動車を長時間乗りまわした場合に、不法領得の意思があるとしたものがある。

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 以上、梅雨の季節にちなんで、身近に起こり得る問題を扱ってみた。自分の周りに目を向けただけでも、法に関わる出来事はあふれている。現代法学ブログでも、この記事でボクシングが例に挙げられていた。皆さんも、ぜひ様々なことから法学に触れていただきたい。

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いかがでしたか?なんだか身近にありそうな事例ですね。身近な事例から、法について考える「現代法学部」ならではの記事になりました、中村先生ありがとうございました。

読んでみて「こんな場合は?」「こんな主張も出来るのでは!!」なんて思った皆さんは、ぜひ中村先生を訪ねてみてください。

ではまた次回!