2018年9月18日火曜日

【学問のミカタ】「なので」のなやみ

今回の【※学問のミカタ】ブログは、現代法学部の田邉 真敏からお届けします。



「物理学や経済学が数式やグラフで相手を納得させる学問であるのに対し、法律学では文章を用いてそれを行います。したがってみなさんは正しい日本語、論理的な文章の使い手にならなければなりません。」

 現代法学部1年生1学期の「大学入門」授業で学生たちに伝えているメッセージです。まずは正しい漢字を書くこと。ところがマークシートとスマホに慣れ親しみ、自分の手で字を書く機会が減っている今の生徒・学生にとっては、これが結構なハードルになっているようです。小手試しに、このブログを読んでいただいているみなさんは次のQ1Q2のカタカナの箇所を漢字で書き分けられますか。選択肢は、法律学を学ぶ過程で実際に出てくるような用例としました(答えはこのブログの最後)。


 Q1
  ①責任をツイキュウする
  ②利潤をツイキュウする
  ③学問をツイキュウする
  ④賃金の不足分をツイキュウする

 Q2
  ①実刑をカする
  ②重税をカする
  ③責任をカする
  ④廃墟とカする


 ここまではイントロで、論理的な文章を書くための重要なポイントはその先にあります。ここでは紙幅(パソコンなので「画幅」と言うべき?)の制約があり、そのすべてを説明することができませんので、1つだけ「接続詞を的確に使う」という点をあげておきましょう。野矢茂樹著『新版 論理トレーニング』(産業図書・2006)に次のような記述があります。

「論理とは言葉と言葉の関係をとらえる力である。だとすれば、そうした関係を示す言葉、主張と主張をつなぐ言葉を見直すことからはじめるべきだろう。つまり、接続詞、あるいはよりひろく接続助詞や副詞なども含んだ接続表現一般を見直し、その力をきちんと見積もるところからトレーニングを開始すべきである。」(13頁)

というわけで、私が担当している「大学入門」授業のクラスでは、「論理的な日本語の使い手になろう」を目標に接続詞の使い方から確認してゆきます。


 接続表現は、①付加、②理由、③例示、④転換、⑤解説、⑥帰結、⑦補足の7種類に分類することができます。このうち答案やレポートの結論部分で登場するのは、⑥帰結の接続表現です。結論を示す段落の冒頭で、「したがって」「要するに」「ゆえに」といった表現で読み手に「いよいよ結論を言いますよ」と合図を出す役割を担うのが帰結の接続詞です。このように接続詞は論理の動きを読者に示す「ベクトル」の役割を果たします。論理性を重んじる法律学の文章では、この「ベクトル」を適切に用いることが求められるわけです。法律学の論述試験答案を採点するときは、一言一句読む前に各段落の冒頭を目で追って接続表現をチェックすれば、その答案の出来具合はだいたい判定できてしまいます。接続詞の役割はそれだけ大きいということです。


 さて、帰結の接続詞に関してここ何年か採点者を悩ませる状況が発生しています。それは「なので」という言葉です。学生の答案やレポートを採点していると、しばしば次のような表現に出会います。

「・・・車の運転中に脇見をして注意を怠っていたAには過失がある。なのでAは本件交通事故の被害者Bに対して損害賠償責任を負う。」


 このような文頭に来ている「なので」について、これまで学生には次のように説明してきました。

「『なので』は接続詞ではありませんから、文の頭に置くことはできません。『今日は雨降りなので一日中家にいよう』といったように、文の途中でその前後をつなぐのが役目です。自分で辞書を引いて確認してみましょう。」

例えば、『大辞泉 第2版』(小学館・2012)では「なので」を次のように説明しています。

「〔連語〕《断定の助動詞「だ」の連体形または形容動詞の連体形活用語尾+接続助詞「ので」》・・・だから。・・・であるから。『かぜ——学校を休んだ』『故障の原因が明らか——すぐに直せます』」

『広辞苑 第6版』(岩波書店・2008)ではそもそも見出し語にあげられていません。独立した語釈を示すには及ばない(つまり接続詞でない)ということなのでしょう。


 しかし、文の頭に来る「なので」は答案・レポート中で年々増殖する傾向にあるばかりか、最近ではNHKのアナウンサーが番組の中で使うのを耳にするようになり、そこでNHK放送文化研究所のホームページを調べてみました。すると次のような解説が目にとまりました。

「『なので』には2種類あり、『退屈ナノデ出かけてきます』のように1つの文の中で使われるもの(『文中ナノデ』)と、『退屈です。ナノデ出かけてきます』のように前の文を受けて次の文の頭で使われるもの(『文頭ナノデ』)とがあります。このうち『文頭ナノデ』は、使われ始めてからの歴史が浅く、違和感を覚える人もいます。」(中略)
「『文頭ナノデ』がどのように受け止められているのかをめぐって、NHK放送文化研究所ではウェブ上でアンケートをおこないました(1,339人回答)。『その日は仕事が休みでした。なので、いつもよりゆっくりと寝ていました。』の『なので』について意見を尋ねてみたところ、若い年代になるほど『自分で言うことがある』という人が多くなっている一方で、中高年層では『この言い方には問題がある』と考える人も多いという傾向が見られました。なので、使い方にはくれぐれも注意してください。」(NHK放送文化研究所ホームページ「最近気になる放送用語」より引用)


 この解説の最後の文からすると、どうやらNHKも「文頭ナノデ」を完全には否定していないようです。NHKアンケートでは、30代以下の世代は「文頭ナノデ」を使う人が過半数を占めているのに対し、40代以上の過半数は「文頭ナノデ」には問題があると考えているというデータが示されています。それを踏まえて「使い方にはくれぐれも注意してください」と締めくくっていることから、少なくとも試験やレポートのようなフォーマルな場面では「使うべきではない」と言ってよいでしょう。


 ここまで確認して一息いれようとしたところで、パソコンの画面をよく見るとこのアンケートが「2008年」に実施されていることに気がつきました。それから10年。ということは、「文頭ナノデ」を問題だと考えているのは50代以上の少数派になりつつあるわけです。まさに自分はその少数派に属しています。




今年10年ぶりに改訂された『広辞苑 第7版』(岩波書店)。
         刊行直後に「LGBT」と「しまなみ海道」の解説文に誤りが判明し話題となった。



 そこで次に、今年発行された『広辞苑 第7版』(岩波書店・2018)を調べてみました。なんと、第6版では掲載がなかった「なので」が接続詞として見出し語に登場しているではありませんか。用例は記されていませんが、別冊付録に次のような説明があります。

「『なので』はもともと『断定の助動詞連体形(な)+準体助詞(の)+断定の助動詞連用形(で)』という構成で、『給料日直前なので、お金がない』のように前文末に付くのが普通であった。最近では『給料日直前だ。なので、お金がない』のように接続詞として使用されることも増えてきている。」(208頁-209頁)


 辞書本体で用例を示さずに別冊で説明しているところを見ると、「文頭ナノデ」を認めるかどうか編集段階でかなりの議論があったことが推測されます。このほかの辞書では、『デジタル大辞泉』が「[補説]近年、主に話し言葉で、順接の接続詞のように用いられることがある」、また『新明解国語辞典 第7版』が「〔口語的表現〕『外で食事は済ませてきた。なので今は何も欲しくない』」といったように、あくまで口語表現として認知しているのが現状のようです。NHK放送文化研究所も、「『文頭ナノデ』は、『だから』と言ってしまうとややぞんざいだけれども、『ですから』『そのため』ではやや堅苦しすぎる、というような中間的な場面(例えば比較的うちとけた間柄の上司に対してなど)でよく使われているようです」としています。ちなみに、この文章を書くのに使っているMicrosoft Office Word 2016では、「文頭ナノデ」に校正要を意味する赤の波形下線が表示されます。




「口語的表現」としつつ「文頭ナノデ」を接続詞とする『新明解国語辞典 第7版』



 というわけで、引き続き学生には、試験やレポートで「文頭ナノデ」を使ってはいけないと指導してよさそうです。なお、就活生にマナーなどをアドバイスしている各種のwebサイトでは、「文頭ナノデ」はくだけた表現になるので、ビジネスの場面(当然それには面接の志望理由書が含まれます)では使わないようにと注意喚起しています。


 試験やレポートでは正しい日本語を用いた論理的な表現が求められる一方、言葉は生きものであり時代とともに変化します。皆が間違った使い方をすれば、それが正しい使い方になってゆきます。古文と現代文で意味の違う単語の多くはおそらくそうでありましょう。「文頭ナノデ」も、次の「戌年」の頃にはもしかしたら答案や履歴書で使える言葉になっているのかもしれません。






(本文中のクイズの答え Q1:①追及、②追求、③追究、④追給、Q2:①科する、②課する、③嫁する、④化する)




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2018年7月9日月曜日

【学問のミカタ】裁判員って何をするの?

今回の【学問のミカタ】ブログは、現代法学部の高平奇恵からお届けします。

 「呼出状」は突然やってくる

 裁判員制度とは、国民が、裁判員として刑事裁判に参加し、被告人が有罪かどうか、有罪の場合どのような刑にするかを裁判官と一緒に決める制度です。
 裁判員の候補者は、選挙人名簿からくじで選ばれます。ですから、選挙権のある人には、ある日突然、裁判所から呼出状が来るかもしれません。
 呼び出された裁判員候補者は、裁判所で質問を受けるなどし(選任手続)、裁判員が決まります。
裁判員裁判は、殺人や傷害致死、強盗致傷などの重大な事件を対象としています。もしかしたら、この記事を読んでいる人の中には、そんな事件の裁判員をするのは怖いな、とか、本当に自分にできるのかな、と思う人もいるかもしれません。
でも、そんな風に思ってくれる人に、裁判員になってもらうことが、この制度の重要な意義のひとつだと考えています。なぜなら、人を裁くことへの恐れがなければ、適切な判断はできないからです。












私の弁護士バッジです。外側は金メッキなのですが、剥げて銀色になってきています。
新人だと思われないように、わざとメッキを剥がす人もいるんですよ。



裁判員制度の特徴

 裁判員制度が始まったのは、2009年です。実は、比較的新しい制度です。裁判員制度の特徴は、国民の中から選ばれた裁判員が、法律の専門家である裁判官と一緒に被告人が有罪か無罪か、有罪の場合にはどのくらいの刑にするのかを決めることにあります。裁判官は法律の専門家ですが、裁判員と裁判官は判断者として対等の立場です。裁判員が裁判官と一緒に刑事裁判の手続に関与することは司法に対する国民の理解の増進とその信頼の向上に資する、というのが法律に書かれている裁判員制度の意義です。
 司法に対する国民の理解の増進や信頼の向上は、もちろんとても大切です。しかし、それにとどまらない重要な意味が、裁判員制度にはあると考えられます。
 それは、いろいろな意見が、裁判に反映されることです。様々な経験や知識を持った裁判員が意見交換をすれば、より慎重で、そして質の高い判断につながるのではないでしょうか。刑事裁判は、人が罪を犯したのかどうか、犯したとすればどのくらいの刑にするのかを決めるものです。裁判の結果は、その人の自由や、場合によっては生命を奪うという重大な結果をもたらすものです。裁判が間違うことができるだけ少なくなるよう、裁判員になった人には、この社会の一員として、ひとつひとつの事件に真剣に向き合い、議論することが求められているのです。
 










裁判員裁判の導入をきっかけに、法廷弁護技術の研究が進んでいます。





刑事裁判の原則

 皆さんは、事件で誰かが逮捕されたという報道に接したとき「犯人が捕まったんだな」と思ってしまっていませんか?逮捕された段階ではまだ「被疑者」疑いをかけられている人にすぎません。その人が、疑われている犯罪を実行したのかどうかは、裁判で認定されることになります。
 逮捕された時点で、その人を「犯人」だと思ってしまう、そう扱ってしまうことはとても危険です。捕まった人が犯人だという前提でいろいろな事実を見てしまうと、誤った判断につながる可能性が高まります。そして、本当は犯人でない人が有罪にされれば、その人の人生は大変な影響を受けます。死刑の場合には命が奪われてしまいます。また、真犯人が罪を免れることにもなります。冤罪は、とても深刻な結果をもたらすのです。
 このような冤罪の発生を防ぐために、刑事裁判には多くの重要な原則があります。ここで、ふたつほどご紹介します。まず、検察官が被告人の有罪を証明する責任を負うこと、すなわち、検察官が被告人が有罪であることを証明できない場合には、無罪の判断がなされるということです。そして、検察官は被告人が有罪であることについて「合理的な疑いを容れない程度の立証」をしなければなりません。裁判では、不確かなことで人を処罰することは許されませんから、証拠を検討した結果、常識に従って判断し、被告人が起訴状に書かれている罪を犯したことでは間違いないと考えられる場合に、有罪とすることになります。逆に、常識に従って判断し、有罪とすることについて疑問があるときは、無罪としなければならないのです。
 もし、皆さんに呼出状が来て、裁判員になる機会が訪れたら、是非裁判員になってみてください。そして、刑事裁判の原則を踏まえつつ、精いっぱい事件に向き合い、意見を交換し、結論を導いてほしいと思います。






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2018年5月29日火曜日

「驚き」は突然やってきた!

2018.5.28 学内風景


 皆さんこんにちは。

 今朝、正門を入って歩いていると、コンクリートをお掃除する姿が。

カラスのお気に入りスポットの下
いつもお掃除してくださりありがとうございます。

 ブラシを使って強く擦ってもなかなか取れない、この白いものは、「鳥のフン」です。

 フンの落とし主は「カラス」だそうです。
現在学内には3箇所、カラスが大量にフンを落とすところがあるとのこと。「お気に入りスポットが減った(木が剪定された)ので、居場所が集約されたのかな?」とお掃除を担当してくださる野口さんが仰っていました。そう言われてみれば、正門から6号館までの長いストレートゾーンに、ここだけフンと木の実の汁と種が集中しています。

 しかし、それにいち早く気づき、掃除してくださることにビックリ。午前中にお掃除をしてくれる人はレジェンド級だと聞きました。学内をいつも綺麗にしてくださりありがとうございます。

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 学内の美観を守っている方はまだまだいます。

 朝のあわただしさが一段落し、学内が静かになると、そこには~綺麗~に整頓された駐輪場があります。

東北門入って右


人気スポット5号館

 自転車で来る方にはお馴染み、通称「駐輪場おじさん」こと、笠原さんと田口さん、田中さんです。
笠原さん。74歳とは思えない!

 今学内には、800台ぐらいの駐輪ラックがあるそうです。朝急いでいる学生さんは、駐輪スペースが満車でも、自分の教室に一番近い駐輪場に停めようとするので、それを注意したり、乗り捨てられた自転車をラックに入れたりします。
 それ以外にも、タイヤがパンクして困っている女子学生の自転車を、自転車屋さんに運ぶお手伝いをしてくれたり、長期ほったらかしの自転車があると、空いている自転車ラックが減ってしまうので、別の場所に移動させたりと、学生さんが駐輪スポットを快適に使えるよう、日々整頓してくださっています。
自転車を置き去りにしてはだめですよ!

すごいなぁと思うのは、学内のそこかしこにある、駐輪スペースの「現在の空き状況」が分かることです。パソコン教室の空き状況なら、学内に設置されている液晶画面で確認できますが、駐輪場にはそのようなシステムはありません。

 例えば5号館下が満車でも、「今なら2号館の前が空いているからそっちに停めて!」と、2号館前に行くよう指示します。
 【この曜日は2号館前に停める学生が多い】
 【この曜日はは早い時間に5号館前が一杯になる】
など、長年の「勘」で分かるそうです。

「4月は乱雑に停める学生が多く、学生に嫌われるのを覚悟で注意する、でもそうすると、だんだん直してくれて、5月のGW過ぎには皆さんきちんと停めてくれるようになるんですよ、助かります」

と仰っていました。学生の皆さんも、笠原さんたちの苦労を見ていて共感してくれるのでしょうね。

 また、「南門の下の駐輪スペースが少なくて【ラックが無くてもいいからコンクリートのスペースを作って欲しい】って学生から言われちゃったんだよね、やってあげたいけど無理だからなぁ。」とも仰っていました。学生の皆さんは、要望は「学生大会」に寄せたりすると良いかと思います。

他にも、学内ではなかなか見えないけれど「縁の下の力持ち」的な人はたくさんいると思います。皆で東経大のことを考えて、東経大の学生さんが、安心して大学に来て、勉強できるように支えてくださっているんですね。

たくさんある花壇は、いつも花がいっぱい。

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 さてさて、今日のタイトル「驚き」を二つ。

 まず1つ目。6月の恒例行事「成績優秀者表彰式」の件です。6月に2・3年生を表彰します。

 主に前年度の成績で評価します(2015年度から変更)。指標としては、前年度に40単位以上取得し、GPAの高い学生を表彰対象として会議に諮ります。
 今年も5月の教務委員会・教授会で「表彰対象者」を決めるので、その資料を作っている時に、まず1つ目の「驚き」がやってきました。

上位12位までが全員「女子学生」。特に今年の2年生は女子学生比率が高く、そして成績までも!!すごい、凄すぎる!女子ますます頑張れ!!
どうした男子!?来年は巻き返しを期待します。

 今年の3年生の表彰者は22名です。「表彰対象者」でGPAが一番高い学生は3.7、一番低い学生は2.9でした。こちらも1位は女子学生さんでした。

 皆さんおめでとうございます。成績優秀者表彰式後にまた様子をアップします。

【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2017
【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2016
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【過去のブログ記事へ】成績優秀者表彰2014

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「驚き」二つ目。

 この度、「現法さん」と名乗っていたわたくし小島は、5月末をもって現代法学部を「卒業」することになりました。先週内示を受けてビックリ。

 2012年に学務課に来て最初から「現代法学部」の担当になりました。最初は「どうしよう・・・」とすごく心配でした。現法さんは「法学部」出身ではなく「農学部」出身。新卒で東経大に就職しましたが「経理課⇒学生課⇒学務課」と異動しており、東経大の教育に関することは全く分かりません。法も『六法』も言えないし、「公法が憲法と行政法??」と、最初は本当にチンプンカンプンで、先生たちも「本当にこの子で大丈夫だろうか・・・」と心配だったと思います。そんな中でも、法律について教えてくださったり、「この本を読むと全体像がつかめるよ」とか「授業に出てみたら」と言ってくださり、こちらも応えられるよう精一杯頑張ったつもりですが、果たして期待に応えられたかは分かりません。
 学生の皆さんとは、「親」とは違う、「兄弟姉妹」とも違う、あまり接点の無い年代だと思います。「私とは話し難かったらどうしようか・・・」と悩みましたが、皆さんが4年後に無事大学を卒業して就職した時に、私の年代とも接するはずなので、その時に困らないように話そう、と考えて学生支援をすることにしました。こちらも学生の皆さんの期待に応えられているかは分かりません。現代法学部の「縁の下の力持ち」になれたでしょうか…うーん。でも、現代法学部で現法の先生や学生の皆さんと一緒に学び、悩み、楽しみ、笑い、達成し、本当にとても充実した6年間を過ごすことができました。ありがとうございました。

 最後のブログで何を書くか迷いました。毎回の会議が喧嘩になってしまうくらい大変だった「カリキュラム改革」にしようか、楽しかったことランキングにしようか、ゼミ研究報告会は楽しかったなぁ、とか、あの卒業生は元気かなあ、とか。また、一昨年に階段から落ちて意識不明になり半年お休みしたり、去年は交通事故に遭ってまた休んだり、迷惑もかけたなぁ・・。思い出せば出すほど、何だか「寂しい」気持ちになるので、写真も入れずに長文になってしまいました。すみません。6月1日から新しい部署に行きます。それまでに学務課で一番雑然としていて有名な【我が机】を片付けられるか心配です。お掃除の方を見習わねば!



 では、次の現法ブログ担当の方(他学部のように先生かもしれません)にバトンを渡して卒業します。今までありがとうございました。現代法学部の皆さん、頑張ってくださいね!

また次回!



2018年5月16日水曜日

【学問のミカタ】ろう文化を守ることとインクルージョン:障害者と差別について考える

2018「社会・法学入門概要」
できあがりました。お楽しみに。

 みなさんこんにちは。

 5月も半ばになり、大学もだいぶ落ち着いてきました。
 しかし[今週は寒い!][今週は暑い!!]とジェットコースターのようなお天気が続いていますね。体調を崩さないようにしてください。

 現法さんはやっと仕事が一段落しましたので、皆さんに提出してもらった[振り返りシート]を読んでいます。
振り返りシートは提出しましたか?未提出の皆さん、
ポストは出していませんが今も受け付けていますよ。

 [振り返りシート]には「こう書かなきゃいけない」というルールは定めていないので、提出されたシートは学生によってさまざまです。個性が出ていて、読みながら「こんな学生さんなのかな」と想像します。急いで書いた殴り書きの人もいますし、下書きをして清書する人もいます。どんな方法でも皆さんしっかり振り返っているなぁと思います。また、学生の皆さんの抱える問題や、学生支援に繋がるヒントもあり、皆さんが頑張って振り返っているのだから、読んで学生支援に繋がるよう勉強したいと思います。

少しご紹介します。

~1年2期の「振り返りシート」からランダムにピックアップ

“1年間の大学生活を終えて感じたことは時間が過ぎていくのが早いということである。入学したと思ったらもうすぐ2年生になってしまう。勉強量も高3の夏以降と比べたら少ない。そのため2年生になったら通学時間や隙間時間をうまく利用して勉強時間を増やしたいと考えている。春休みに3年から入るゼミを考えていた時、入りたいと思っていた先生が定年を迎えたことを知りとても悲しい。2年でさまざまな法律科目を学び興味のあるゼミが出てくることを願いたい。”
”将来についてまだ見えていない。夢を探しています。”
”1年間を終えて全体的には満足できるものであった。学業だけではなくサークル活動も楽しむことが出来たが他の活動をする余裕はなかった。2年次には将来について考え直し、今何をすべきなのかをもう一度考えたい。”
”1年間、右も左も分からず生活していくうちに、考え方が少し大人になったかなと思う。 以前は少しぶつけられたくらいでイライラしていたが、「そういう時もあるよな」と考えられるようになった。もう一つは、一年間一人暮らしをしてみて、生活の知恵のようなものが少しずつだが分かってきた。今までは親に頼りっぱなしで正直だらしのない生活をしてきたので、多少無理をしてでも東京に出てきて良かったと思う。2年次には自分も成人になるので、行動、発言には責任を持ちたい。簡単な目標として、フル単を目指して頑張っていきたい。”

 この「振り返りシート」には、「興味を持った科目」を3つまで記入する欄が設けられています。ここに一番挙がる科目は、「社会・法学入門」ではないかと思います。

 この科目はすごい科目です。現場に足を運び(見学)、社会問題・法律問題を実際に見聞する、当事者の方から話を聞くなどをして、自分で問題を発見し、実感し、解決策を考えていく。それが授業の目的です。ですから学生の皆さんも「よし、これから法や政策を学んでいこう」と強く思う科目なのだと思います。先生方も毎年この時期になると「今年はどうしようかな」とかなり考え、気合いが入っています。

 今年は19ゼミのうち見学があるのは15ゼミ、未定(学生の総意によるのかな)は2ゼミ、見学には行かず判例や事件事例を通して討論するゼミが2ゼミとなっています。

 1年生の皆さんには6月1日のリーガルリテラシー入門で「社会・法学入門概要」を配付しますのでお楽しみに。

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 さて、ちょっと前置きが長くなってしまいましたが、今日は【学問のミカタ】。今回は中川 純先生が寄稿してくださいました。

 中川先生の「社会・法学入門」は、行政機関・委託機関・社会福祉法人・NPOなどの見学を考えているそうですよ。福祉法プログラムに興味のある人は是非チャレンジしてください!

 ではどうぞ~。

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「ろう文化を守ることとインクルージョン:障害者と差別について考える」
中川 純


 アメリカ合衆国の首都、ワシントンDCの中心部にギャローデット大学(Gallaudet University)という学校があります。ここは、「世界で一番静かな大学」といわれています。この大学は、ろう者や聴覚障害者など耳が聞こえない人たち(以下、ろう者)のための高等教育機関で、大学構内では、アメリカ手話だけがコミュニケーションの手段とされており、言語によるコミュニケーションがほとんどおこなわれていないからです。耳が聞こえる学生、教員、外国からの留学生はアメリカ手話を学ぶことが義務づけられています(現在も耳が聞こえる学生は、大学院とわずかな人数が学部で受け入れられているだけとなっています)。

大学キャンパスの外壁にある大学のサイン

 ギャローデット大学は、「ろう文化」の拠点となっています。同大学で言語学を研究としていたウィリアム・ストーキー教授(Professor William C. Stokoe, Jr.)は、手話が独立した構文と文法を持つ言語であることをあきらかにしました。手話が言語であり、他の言語に劣るものではないことは、ろう者に、聴覚でなく視覚、触覚を基礎とし、手話を重視する「ろう文化」を強く意識づけることになりました。この「ろう文化」をめぐって、2つの大きな出来事がありました。

1877年に完成したギャローデット大学のカレッジホール
(歴史的建造物)


 1つ目は、「ろう者の学長を、今!(Deaf President Now, DPN)」という学生運動です。ギャローデット大学は、1864年に創設されましたが、1980年代になるまで耳が聞こえる人が学長をつとめてきました。1988年に再度耳が聞こえる人が7代目の学長に就任したとき、学生がこれに反対しました。理由は、新学長が、ろう教育の経験が浅く、手話ができなかったこと、自分たちの学長がろう者のコミュニティのメンバーであるべきと考えたこと、からでした。この運動は、新聞・テレビなどで大きく取り上げられ、7代目学長は実質的に6日しかその座にいることができず、結果としてろう者が8代目学長(President Jordan)に就任しました。自分たちのリーダーを自分たちの手で勝ち取ったことはサクセスストーリーとして、この出来事を題材としたドラマがテレビ放映されました。

1870年に建てられた
ギャローデット大学のチャペルホール
(歴史的建造物)

 「ろう者の学長を、今!」の学生運動は、社会(マジョリティ(社会的強者))に対しろう者(マイノリティ(社会的弱者))の存在だけでなく、「ろう文化」を知らしめました。「ろう文化」を権利として印象づけ、差別的効果を緩和させ、社会への参加を促進するために、学校や職場に手話通訳者の費用を求めるような政治的な運動につながっていきました。現在、この運動は、ろう者に対する自己決定権やエンパワメントを象徴する出来事と理解されています。これまで一般社会の中でろう者が受けてきた過酷な経験からすれば、自分たちのアイデンティティを確立し、社会に受け入れられるきっかけとなった「ろう文化」を発展させることは、ろう者のコミュニティにおいて非常に重要なものであると考えることができます。

美しく、広いキャンパス

 2つ目は、「ギャローデット大学を1つに!(Unity for Gallaudet)」と呼ばれる反対運動です。これは、2006年に8代目学長が辞職するときに後継者として指名された女性教員の学長就任に対して、その他の教員、学生らが起こした反対運動です。その理由は、あきらかではありません(学生に対する彼女の態度がよくなかったともいわれています)が、有力な理由として、彼女は、ろう者であったものの、普通学校で教育を受け、23歳まで手話を習っていなかったことがあるといわれています。100名を超える逮捕者がでるほど大きな反対運動となったこともあり、大学の理事会は彼女の学長就任の決定を覆しました。その後、暫定的な学長を経て、生まれつき耳の聞こえない人が学長となりました。

地下鉄の駅の名前がギャローデット大。
レッドラインでユニオンステーションから1駅。

「ギャローデット大学を1つに!」の反対運動は、自分たちのリーダーを自分たちの手で勝ち取った点について、「ろう者の学長を、今!」の学生運動と違いがないようにみえます。しかし、その理由が、もし「ろう文化」に固執することにあったとすると、事情が少し異なります。差別に関して矛盾した状況を招くことになるからです。ろう者が絶対的多数を占める、ギャローデット大学という特殊なコミュニティにおいて、自らの「ろう文化(生まれながらにしてろう者であること、小さい頃から手話を使っていることなど)」を尊重することが、普通教育を受けてきたろう者を受け入れないという結果を導いたことになります。一般社会ではマイノリティであるはずのろう者が、このコミュニティではマジョリティになるにもかかわらず、「ろう文化(一般社会ではマイノリティである立場)」にこだわることが、コミュニティ内部で自分とは異なる文化を排除することになったといえます。ろう者のコミュニティは、一般社会に対し差別をなくすために多様性を引き受けること、つまり社会への「インクルージョン(包摂されること)」をもとめてきました。しかし、マジョリティとなったろう者たちは、マイノリティに対し自分たちが要求してきたように接することができませんでした。

アメリカ連邦政府議会議事堂

 自分たちのアイデンティティとして、また差別を排除する原動力となった「ろう文化」が、特殊なコミュニティ内のマイノリティを排除することにつながったといえます。ろう者のコミュニティ内の民主主義やそれに伴う利益の反映を考えれば、「ろう文化」を尊重することは正しいといえるかもしれません。しかし、マジョリティにとって都合のいいやり方や基準を押し付け、マイノリティの機会を失わせることは典型的な差別として認識されています。社会的特性を有する人々の間での権利・利益の衝突の問題は、ダイバーシティ(多様性の尊重)を求められる社会ではよくみられますし、今後ますます解決の必要性が増していくと考えられます。日本でも将来大きな問題になるかもしれません。困難な問題ですが、どうするのが正しかったのか、自由に考えてみてはいかがでしょうか?

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中川先生ありがとうございました。

うーん、なんと感想を述べてよいのか、どうするのが正しいと思うかは気軽には書けないですね。
みなさんは、これから専門家の中川先生のところで自由に考え、意見を述べ、勉強し、自分の答えを見つけてください。

ではまた次回!

2018年4月20日金曜日

2018年度始動!

2018.4.2 学部オリエンテーション

みなさんこんにちは。

2018年度が始まり3週間が経ちました。授業は4月9日に始まったので、今日で2回目の授業が終了したところです。
今日は大学が静かな感じです。金曜だからかな?
(例年の傾向として金曜日は履修者が少なめ)



                 ☆----☆


さて、この4月は、国分寺駅前が大きく変わりました。
4月7日に、北口に「ミーツ国分寺」がオープンしました。
皆さんもう行きましたか?

【外部ホームページへ】ミーツ国分寺

「あれ?じゃあココブンジって何だっけ?」と調べてみると、
北口の再開発ビル自体が「ココブンジ」という名前のようです。
その中に「ミーツ国分寺」が入っているんですね。

そのココブンジの5階には、「cocobunjiプラザ」という国分寺市の「情報発信スペース」があるそうです。
確か国分寺市に1つしかない大学のわが大学「東京経済大学」も、早速イベントに参加しました。

【国分寺市ホームページ】cocobunjiプラザ
【大学ホームページへ】「こくスマ!」開催~東京経済大学の学生がオープニングイベントを企画



☆----☆☆----☆


4月前半に行われた現代法学部のイベントを、写真を交えながらご紹介します。


今年は249名の新入生を迎えました。
1年生の皆さんご入学おめでとうございます!
無事に全員履修登録を終えたので、現法さんもホッとしています。

2018.4.3-4 学修相談会(1年生全員呼出)

早生まれの新入生は2000年生まれなんですね。すごい。2000年当時は「ミレニアムだ!」と世の中が沸いていたなぁと思い出します。ミレニアムベビーなんて言葉もありましたね。まさに皆さんですね。

奇しくも国分寺市のミレニアムのような年に入学した皆さん、東経大での4年間が、健康で充実した4年間になることを祈っています。


<4月2日 現代法学部オリエンテーション>
羽貝学部長挨拶


久保教務主任挨拶



現代法学部の授業の説明
<4月13日 アドバンストプログラム説明会>
法プロフェッショナルプログラム説明会

公務員志望者支援プログラム説明会

<4月3日・4日 春の学修相談会>







2018年度も頑張りましょう!

ではまた次回。

2018年3月30日金曜日

【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その3・韓国の高齢者福祉制度は日本よりも遅れていますでしょうか?)

2018.3.30 学内風景
2年次も頑張りましょう!

みなさんこんにちは。

昨日とても暖かかったせいか、今日は桜の花びらが沢山舞っていましたね。
桜も終わり、いよいよ来週から2018年度始動です!

今日は【学問のミカタ】その3、韓国の高齢者福祉制度についてです。

その1では、西下先生の今までの研究について、その2では、福祉国家で有名なスウェーデンの福祉制度について寄稿していただきました。
そして今回は、お隣の韓国の福祉制度について教えていただきました。
ではどうぞ。

【前回のブログ記事へ】
 【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その1・プロローグ)
 【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その2・スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?)

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常識を超えるためのメソッド
(その3・韓国の高齢者福祉制度は日本よりも遅れていますでしょうか?)

                                             現代法学部 西下彰俊



2)韓国の高齢者福祉制度は日本よりも遅れていますでしょうか?

確かに常識的には韓国は後発の福祉国家ですが、全ての高齢者介護政策が遅れているわけではありません。むしろ介護保険制度を韓国よりも8年近く早く2000年にスタートさせた日本が、逆に韓国から学ぶポイントが数多くあります。ここでも、韓国の高齢者福祉が日本よりも遅れているという常識を超えなければならないと思っています。


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後発のメリットという言葉がありますが、韓国の老人長期療養保険制度は日本の介護保険制度の光と影を学びながら、コンパクトに構築されました。ケアマネジャーという専門職を制度化しなったことが、そのコンパクトさの象徴です。韓国は、2016年に認知症高齢者に向けたサービスを制度化し始めています。すでに日本の介護保険制度に含まれている部分もありますが、日本の制度にはない独自の発想の部分もあります。

先に述べた要介護高齢者に対する虐待防止、人権保護という点では、韓国は優れたシステムを構築しています。ソウルに中央老人保護専門機関を置き、全国に29か所の地方老人保護専門機関を設置しており、在宅高齢者への虐待や介護施設における高齢者への虐待に関する通報を受け付け、虐待かどうかの調査を専門的に行っています。専門機関にはシェルターがあり、虐待被害者の一時的保護を行っています。また老人保護専門機関職員が、介護施設や病院を訪問し、虐待防止のための職員研修を行うなど極めて重要な役割を担う専門機関となっています。

残念ながら日本にはこうした老人保護専門機関は存在しません。日本においても高齢者虐待は増加しており、高齢者虐待防止機能、保護機能を持つこうした老人保護専門機関が必要です。高齢者だけにとどまらず、児童虐待の増加が極めて深刻であり、また障がい者への虐待も増えていることからすれば、一刻も早く「虐待防止総合センター」が設けられる必要があります。

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地域福祉の機関についても、日韓の両国で差が見られるます。韓国には、社会福祉館老人福祉館という地域福祉の中核機関があります。前者は貧困高齢者に昼食を無料で提供したり、少し見守りが必要な要支援の高齢者へのサービスを展開しており、後者は、卓球やビリヤードなどの屋内スポーツやダンス、合唱など社会参加を促すプログラムやパソコンや語学など生涯学習に役立つプログラムが用意されています。また韓国には、敬老堂という地域密着型の介護予防・社会参加システムがあります。こうした地域福祉機関は、介護保険前は多かったのですが、現在少数しか存在しません。社会福祉協議会という半官半民組織は、全国レベル、都道府県レベル、市町村レベルに重層的に存在し、地域福祉の中核を担っています。

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チャンウォンの病院のスヌーズレン
ところで、筆者の研究テーマの一つに、認知症ケアがあります。その認知症高齢者に対する非薬物療法として「スヌーズレン」(Snoezelenという感覚統合療法があり、スウェーデンや韓国ではよく見かけます。韓国では、老人療養院という介護施設や慢性期療養病院、保健所に設置されることが多いです。オランダが発祥の地で、スヌーズレンはもともと自閉症児、重度重複障害者を対象としてきましたが、認知症高齢者への効果が指摘される中で世界的な広がりを見せています。残念ながら日本ではほとんどスヌーズレンが話題にすらなりません。こうした点を確認しただけでも、韓国の高齢者福祉制度が遅れているという常識は間違っていることが分かります。こうした常識を超えなければなりません。




 以上、スウェーデンと韓国について常識を超えるメソッドの一端に触れてきました。我々にありがちなのですが、外国を過度に美化したり過度に貶価したりすることは厳に慎まなければなりません。一つ一つの国が持つ光と影を、予断を排除して、冷静に客観的に、実証的にありのままに、理解すること、この一語に尽きます(もっとも語が1つどころか多数ありますが)。これが国際比較研究する上で最も重要な態度だと思っています。

私たちの常識的思考のうちでもっとも危険な発想は、「世界中のどこかにフルスペックのユートピアがあるはずだ」という思い込みです。ベストの国はないのです。ベターな国があるだけです。これからも、こうした立ち位置から国際比較研究をしてきたいと思います。

最後の最後になりますが、私達は、スウェーデンは医療費も無料で素晴らしい国だという常識を持っています。確かに少額の自己負担であることは素晴らしいのですが、それ以外の点で実は、常識を超える作業が必要なようです。2018年度に寄稿の要請があれば、この点についても紹介してみたいと思います。

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西下先生ありがとうございました!

いかがでしたか?

昨日一昨日と、スウェーデンに出張中の西下先生から、スウェーデンの最新情報が届きましたので併せてお読みください↓

私の方はまた次回!

2018年3月23日金曜日

【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その2・スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?)

2018.3.23 現代法学部学位記授与式

みなさんこんにちは。

一昨日の雪はびっくりしましたね。まだその影響が続いているのか、今日の天気はうす曇りでした。
桜もこんな感じ・・・
一番咲いている守衛所の横だと、「あ、沢山咲いているな」と思うのですが、真ん中あたりまで歩くと・・・

まだまだですね。

しかし、天気はさておき、桜はこの3年間の卒業式では一番咲いていたようです。
2015卒業式当日
2016卒業式当日

卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
今日の「現代法学部学位記授与式」の写真は、別のブログにあげますね。

追記:あげました。
【ブログ記事へ】卒業式写真館2018

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さて、今日は【学問のミカタ】その2です。

前回のその1では、西下 彰俊先生の今までの研究について寄稿していただきました。今回は、それを掘り下げて、西下先生が20年間研究を続けている「スウェーデンの福祉政策」についてお話いただきます。

ではどうぞ~!

【前回のブログ記事へ】
 【学問のミカタ】常識を超えるためのメソッド(その1・プロローグ)

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常識を超えるためのメソッド
(その2・スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?

                                             現代法学部 西下彰俊


(1)スウェーデンは高福祉高負担の国でしょうか?

まず、高負担かどうかについての常識的判断では、スウェーデンは高負担の国ということになります。しかし実証的にスウェーデンを研究してきた人間からすれば、迂闊にイエスとは言えないのです。


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実は、スウェーデンにおいて個人の税負担は決して高くありません。消費税が25%と高率なのですが、食品は12%と軽減税率が設定されておりますし、新聞雑誌・コンサート・スタジアムなどの文化的活動は6%のみです。国に納める所得税は、労働者のなんと約80%がゼロなのです。2018年は年収約592万円以上の場合のみ20%の所得税を納めることになりますし、さらに年収が多い861万円以上の方は25%の所得税を支払うことになります。逆に地方自治体に納める住民税はかなりの高率になっています。住んでいる基礎自治体により若干の格差がありますが(税率の決定権が地方自治体にあるからです)、市民税と県民税の合計が約31%です。


他方日本は、国に支払う所得税の累進性が高く所得水準により5%から45%までの7段階で税金を納めるシステムです。地方自治体に支払う住民税は、一律10%です。内訳は、道府県民税が4%、市町村民税が6%です。こうしてみると、スウェーデンが高負担の国で、日本は低負担の国であると、決して安易に決め付けてはいけないことが分かります。常識を超えることが必要不可欠ですね。

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次に、高福祉に対する評価に移ります。常識的判断では、スウェーデンは高福祉の国ということになっていますね。社会サービス(社会福祉とは言いません)は、高齢者ケアだけではなく、障がい児者ケア、保育など範囲が広いです。私の専門である高齢者介護に限定して言えば、迂闊に高福祉とは言えない状況にあります。

急に専門的な話になって恐縮ですが、スウェーデンの社会サービスは行政処分としての措置制度に基づいており、高齢者ケアサービスを利用する時には、コミューン(市)に申込をして、職員である援助判定員による措置判断が必要となります。援助そのものが必要であるか、必要である場合その頻度をどうするかは、援助判定員がサービスの利用申請をした高齢者の自宅を訪問して判定します。

スウェーデンでは、高齢者ケアに関して「順序モデル」(筆者の造語です)が原則になっていると言って良いでしょう。同モデルの含意は、要介護高齢者は死に至る終末期(ターミナル)の段階までは在宅サービスを利用し、最重度の要介護状態になった段階で、援助判定員の判定により介護の付いた特別住宅という介護施設(日本の認知症グループホームの原型)に入居することができること、つまり在宅から施設へという順序が確定していることを示しています。

介護の付いた特別住宅のエントランス。全て個室です。 


 では何故、順序モデルの原則が存在するのでしょうか。表向きの理由は世界的な潮流であるAging in Place(生まれた場所で老後を過ごすという意味)を高齢者自身が望んでいるからということですが、高齢者ケアの責任主体であるコミューン側の本当の理由は、在宅介護を強化すれば、財政のコストカットができるからです。スウェーデンの2009年頃の資料によれば、介護施設のコストは在宅サービスの5倍ほどかかるとされていました(その後、この種のデータが公表されていないので、現在のコストの比較は困難です)。

基礎自治体であるコミューンは、様々な行政サービスを実施しなければならない中で、高齢者が介護施設に入居するのを可能な限り抑制することで、コストの節約をはかってきました。こうした抑制が全国に290箇所存在するコミューンで常に行われているために、スウェーデン全体の介護施設の入居者のための部屋数が徐々に減ってきています。スウェーデンは日本、韓国、台湾と違って急激な高齢化は予測されていないものの、緩やかな高齢化は今後とも続くわけですので、認知症高齢者や80歳以上の高齢者は当然増加していきます。要介護高齢者が増えるにもかかわらず、結果的に国全体で施設ケアが縮小しているというあり得ない現象が現実に生じています。


こうした抑制傾向は私だけが論文で指摘しているわけではなく、ストックホルムにあるAging Research Center(ストックホルム大学、カロリンスカ研究所との連携組織)のある研究員も同様の指摘をしています。二人で話し合っているのですが、今後の課題は、スウェーデンの高齢者ケアの問題点をただ指摘するだけではなく、全国的な抑制傾向をストップさせる「実現可能な政策をできる限り早く具体的に提言する」ことです。

ところで、2002年までは、コミューンが決めた在宅サービス利用時の料金表の金額に制限がなかったため、かなり高額の利用料を徴収するコミューンが存在しました。筆者が10のコミューンをランダムに選び、標準的な年金収入と在宅サービスの利用頻度を設定して2000年にシミュレーションした結果、約6倍の格差が見られました。当然ですがこうした弊害をスウェーデン政府も気づくところとなり、2002年に毎月の自己負担額の上限額を全国一律1,516クローナ(約19,700円)と定めようやく格差はほぼ解消されました。なお2018年のそれは、1,820クローナ(約23,700円)となっています。


昨年末開催の
<認知症と高齢者虐待に関する国際シンポジウム>



これら以外にも、スウェーデンの高齢者ケアシステムには、様々な問題点があります。詳しくは筆者が書いた『スウェーデンの高齢者ケア』(2007年、新評論)、『揺れるスウェーデン』(2012年、新評論)をご覧いただければ幸いです。以上述べてきた論点を少し確認しただけでも、スウェーデンが高福祉国家であるとは断定できない現実の姿を垣間見ることができました。

 実は、1998年にスウェーデンのリンショーピング大学テマ研究所の客員研究員として1年間留学するまで、筆者自身常識に囚われて、スウェーデンは理想的な高齢者福祉国家だと思っていました。しかし1年間スウェーデン各地のコミューンや大学や研究所でインタビューをする中で、また各地の高齢者介護施設を取材する中で、スウェーデンは高福祉の国であるという一般の常識に囚われてはいけないと痛切に感じました。確かに、スウェーデンという国は素晴らしい国の一つであり相対的には老後に安心して住むことができる心地の良い国です。しかしこのこととは別に、研究者としてスウェーデンの高齢者ケアシステムを「ありのまま」に、エビデンスを実証的に示しながら明らかにする責務があると感じています。

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 もちろんスウェーデンには、日本の介護保険には存在しない優れたシステムやサービスがあります。私はスウェーデン批判論者ではないので、上記の単著には、スウェーデンの高齢者ケアの素晴らしいシステムやサービスを論じており、そうしたスウェーデンという国の高齢者介護政策の「光と影」を客観的に理解することが肝要だと思っています。

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西下先生ありがとうございました!

いかがでしたか?スウェーデンの福祉に関して、自分が既に持っていた情報とちょっと違ったのでは??今まで思っていたことが覆ったのではないでしょうか?

さて次回は完結編、「常識を超えるためのメソッド(その3・韓国の高齢者福祉制度は日本よりも遅れていますでしょうか?)」です。お楽しみに!

ではまた次回~