2015年3月24日火曜日

【学問のミカタ】「卒業」に寄せて


2015.3.23 西下 彰俊ゼミ


皆さんこんにちは。

昨日記事をアップして、本日連投になります。

な・ぜ・か・?

と申しますと、全学部でイベントを行うためです。
【共通のテーマ】で、各学部からアプローチした記事を書くことになりました。他学部は既に記事をあげております。現代法学部も本日記事をアップします。

【コミュニケーション】【学問のミカタ】卒業式と入学式のあいだ
【経営学部】卒業式はどんなファッションやヘアスタイルがいいですか?
【経済学部】はまだのよう。

テーマは【卒業】。我らが現代法学部長、礒野弥生先生が、「日本の教育制度」について憲法からアプローチしてくださいました。ではどうぞ!

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  「卒業」に寄せて

5号館前の花
 春の輝く光の中で白い花弁を枝いっぱいにつけるこぶしの花、水仙の鮮やかな黄色、そして夜の闇の中でも香りを放つ沈丁花。寒い冬から解き放たれて、自然もその息吹を吹き返す春の訪れと共にまず来る行事が、卒業式です。どんな人でも最低2回、大学まで進学すれば4回経験をします。それぞれ、その人ごとに思いは異なり、その人にとっても、それぞれの卒業式を向かえる気持ちは違っているでしょう。生きてきた区切りとして、万感の思いがその時だからこそ、卒業の歌は山ほどあります。

 卒業は終わりを意味するわけではありません。卒業式は、新たな世界への一歩を踏み出すための儀式でもあります。あることへの区切りと新たな出発、この繰り返しを経ることで、人は一歩一歩成長し、豊かな知性と感受性を備えていくことが期待されています。

 生まれてから、この繰り返しもない人生だとしたら、と考えてみたことはありますか。生まれて、学校にも行かず、働けるようになったら、家の仕事をずーっと続けて、あるときに結婚をして、子どもが生まれて、その子が成長し、そして人生を終えていく。そんな人生はありえない、という人はいますか。もちろん、ありえるどころか、歴史を見てみればその方がずっと多いです。もっとも、家の仕事のない人や継げない人は、家庭からの卒業という儀式がありますね。その意味では、ありえない、という人の言うことは正しいということかもしれません。

2015.3.23 学部長挨拶

 入学と卒業、ごく当たり前に考えているのが、私達ですよね。でも、歴史をみると、どうでしょう。「学校制度」は、「東から太陽が昇り朝が来て、西に太陽が沈んで夜が訪れる」、というような地球上の普遍の出来事とは全く違います。学校は、人が造った制度です。日本で誰もが「学校」に行くようになったのは、1872年の学制発布に始まります。ずいぶん昔のことだと思うかも知れませんが、永い歴史を見てみれば、ごく最近のことですね。

 日本では、41日から331日の間に満7才になる子どもは、6年間と3年間の併せて9年間を学校制度の中で学び、生活することを学校教育法で義務づけられています。簡単に義務といいましたが、子ども達にとっては「義務」ではなく、『権利』なのです。憲法26条第1項には、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」とあります。教育を受けることが人の成長につながるとするならば、学ぶことは「権利」として保障されなければならないのです。しかし、権利ということだとすると、学校に行きたければ行くし、行きたくなければ行かなくて良い、ということになりそうですね。

 実は、義務を課されているのは、子どもの保護者です。同条2項で、「その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ」とされています。子どもは子どもらしく、働くことから解放されて、権利として教育を受けることができるということは、人の成長にとって、大変大事なことなのです。別の見方をすれば、親等は子どもに教育を受けさせる義務があるので、子どもは否応なく学校に行かされる、ということになるのです。国もまた教育制度を整え、子ども達の教育の権利を保障する義務があるわけです。

 高校、大学となると、だれにとっても憲法上の義務はないのですが、20世紀も後半からは、社会が高校卒程度の実力を求めるようになり、義務ではないけれど、実質的に学びたい者が学べるような制度となっています。このように、憲法が教育の機会を保障するために教育制度の整備を要求し、それにそって、様々な法律が作られて、みなさんが学校に入学し、卒業をしていくのです。それでは、学校制度について決まっている内容は義務教育の他にはどのようなことがあるのでしょうか。これについては、また別の機会に。

 ところで、憲法は、国民が、子どもの時ばかりではなく、いつでも教育を受ける権利を行使できるといっているということもいえます。本当に学びたいと思ったときに、その機会が与えられていることが大事なことです。「学び」は子どもから大人への過程だけではありません。実は、生涯を通じて、「学ぶ」ということが大事なのです。生涯教育という言葉が定着していますが、そのための制度が様々なところで用意され、大学についても例外ではない、ということです。


 卒業という言葉から、教育を受ける権利を取り上げてみました。少しは新しい知識を吸収できたでしょうか。今回から、現代法学部の様々な教員が「お題」に従って、法と関連することあれころを書いていきます。ぜひ、読んでみてください。

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礒野 弥生先生ありがとうございました!

次のお題は何でしょうね。ではまた次回!